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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第38話 最後の記憶

「お父さん……?」


その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。


「待て」


俺は少年を見つめる。


「俺に子供はいない」


「うん」


少年は素直に頷いた。


「この世界ではね」


「……この世界では?」


シエルが一歩前に出た。


「じゃあ、あなたは何なの?」


少年はシエルを見る。


その瞬間、少年の表情が少しだけ寂しそうになった。


「シエル……」


「どうして私の名前を?」


「ずっと知ってるから」


少年は胸に手を当てた。


「あなたが何度もヨハンを探していたことも」


「……」


「何度も魔王になったことも」


シエルの顔が強張る。


「そして何度も、ヨハンを失ったことも」


「やめて」


シエルが小さく呟いた。


少年は黙った。


俺は少年の前に立つ。


「お前は、何を知っている?」


「全部じゃないよ」


「じゃあ、何を知ってる?」


「最後だけ」


「最後?」


少年は頷いた。


「世界が終わる最後」


俺の右手の紋章が反応した。


黒い光が走る。


少年の胸にも、同じ紋章が浮かんだ。


「……俺と同じ?」


「うん」


少年は自分の胸を指差した。


「僕は、ヨハンが最後に残した記憶だから」


「俺が?」


「そう」


少年は笑った。


「正確には、全部を忘れたくなかったヨハンが残したもの」


俺は息を呑んだ。


これまで何度も、記憶を見てきた。


前の世界。


その前の世界。


さらに、その前。


俺は必要な記憶だけを残してきた。


シエルを守るため。


世界を救うため。


それでも、全部は覚えていなかった。


「じゃあ……お前は、俺が忘れた記憶なのか?」


「違うよ」


少年は首を横に振った。


「忘れた記憶じゃない」


そして、俺をまっすぐ見た。


「忘れたくなかった記憶」


その言葉が胸に刺さった。


---


「じゃあ、どうして子供の姿なんだ?」


ミレイユが尋ねた。


いつの間にか、レオンとアベルも森へ来ていた。


少年は少し考える。


「一番大切だった頃の姿だから」


「誰の?」


「ヨハンの」


俺は眉を寄せた。


少年は続ける。


「ヨハンが十五歳だった頃」


「……俺が?」


「シエルと出会った頃」


シエルが息を呑んだ。


少年は俺たちを見回す。


「世界が滅びる前、ヨハンはいつも同じことを考えていた」


「何を?」


「もっと早く気づけばよかったって」


「……」


「もっとシエルを信じればよかった」


少年の声が少し震えた。


「もっとレオンを信じればよかった」


レオンが黙る。


「もっとミレイユに話せばよかった」


ミレイユが目を伏せる。


「そして――」


少年はアベルを見る。


「もっと早く、アベルを止めればよかった」


アベルの顔が歪んだ。


「……そうか」


「だからヨハンは、最後に一つだけ残した」


少年は自分の胸を叩いた。


「誰も捨てないという記憶」


俺の右手が熱くなる。


「それが……お前なのか」


「うん」


少年が頷いた。


「僕は、ヨハンが最後まで捨てなかったもの」


その瞬間。


空が暗くなった。


雲が渦を巻く。


「来る!」


レオンが剣を抜いた。


森の奥から、黒い影が現れた。


魔物ではない。


人の形をしている。


けれど顔がない。


黒い身体には、無数の赤い目が浮かんでいた。


「これは……」


ミレイユが震える。


少年が呟く。


「忘却」


「忘却?」


「世界がいらないものを消すために生まれたもの」


黒い影がこちらへ手を伸ばす。


少年の身体が震えた。


「僕を消しに来た」


「だったら――」


俺は剣を抜いた。


「消させない」


黒い影が襲いかかる。


レオンが前へ出た。


「俺が止める!」


剣が黒い腕を弾く。


アベルも横から斬り込む。


「ここは俺たちに任せろ!」


ミレイユが結界を張った。


「ヨハン!」


俺は少年を見る。


少年は動かない。


ただ、俺を見ている。


「どうすればいい?」


「僕を連れて行って」


「どこへ?」


「世界の中心」


少年が空を指差す。


雲の向こう。


巨大な光の柱が立ち上がっていた。


「そこに行けば、僕は消えなくて済む」


「分かった」


俺は少年の手を取った。


驚くほど小さな手だった。


「行くぞ」


「うん」


シエルが隣に並ぶ。


「私も行く」


「シエル……」


「今度は、ヨハンだけに背負わせない」


俺は頷いた。


「分かった」


俺たちは走り出した。


---


森を抜ける。


黒い影が追ってくる。


レオンとアベルが時間を稼ぐ。


ミレイユが結界を張りながら後退する。


そして、光の柱の前まで来た。


そこには巨大な石碑が立っていた。


刻まれている文字を見て、俺は息を止めた。


『世界は、記憶によって生まれる』


その下には、さらに続きがあった。


『記憶によって形を持ち』


『記憶によって命を得る』


そして最後に――


『記憶を捨てた世界は、必ず同じ過ちを繰り返す』


少年が石碑に触れた。


光が広がる。


すると、俺たちの周囲に無数の映像が浮かび上がった。


最初の世界。


魔王が生まれる前の世界。


勇者が生まれた世界。


シエルが魔王になった世界。


俺が死んだ世界。


そして――


今の世界。


どの世界にも共通していたものがある。


俺たちだった。


「世界が俺たちを繰り返していたんじゃない」


俺は気づいた。


「俺たちが、世界の記憶を繰り返していたんだ」


少年が頷く。


「だから最後の記憶が必要だった」


「俺たちが、全部を覚えているために?」


「うん」


シエルが俺の手を握る。


「じゃあ、この世界は……」


「まだ完成していない」


少年が答えた。


その瞬間。


光の柱が大きく揺れた。


黒い影が追いついてきた。


レオンが叫ぶ。


「ヨハン!」


俺は振り返った。


黒い影が迫っている。


けれど、その中心に。


見覚えのある顔が浮かんでいた。


俺だった。


もう一人の俺。


世界を終わらせた俺。


「……また、お前か」


少年が首を横に振った。


「違う」


「え?」


「今度は、あれが最後の敵じゃない」


少年は俺を見る。


「最後に選ぶのは、世界じゃない」


「じゃあ何を?」


少年が微笑んだ。


「記憶を残すか、忘れるか」


その瞬間。


シエルの身体から、青白い光が溢れた。


無数の声が聞こえる。


『忘れないで』


『私たちを』


『この世界を』


俺はシエルの手を強く握った。


「忘れない」


そして、少年を見る。


「全部、残す」


少年が笑った。


「うん」


その瞬間。


少年の身体が光に変わり始めた。


「おい!」


「大丈夫」


「何が大丈夫なんだ!」


「僕は消えるんじゃない」


少年は最後に笑った。


「あなたの中に、戻るだけ」


光が俺の右手へ流れ込む。


そして――


すべての記憶が、一つになった。


俺は目を閉じた。


聞こえる。


シエルの声。


レオンの声。


ミレイユの声。


アベルの声。


そして。


何度も繰り返してきた、世界の声。


そのすべてが、一つの言葉になった。


『今度こそ――生きよう』


目を開く。


黒い影が消えていた。


空は青い。


世界は静かだった。


そして俺の右手から。


「選択者」の紋章が消えていた。


その代わりに。


小さな文字が浮かんでいた。


――**記憶する者。**


俺はシエルを見る。


シエルも笑っていた。


「ヨハン」


「ああ」


「今度こそ、本当に始まるね」


俺は頷いた。


「俺たちの世界が」


その瞬間。


遠くの街から、鐘が鳴った。


一度。


二度。


三度。


今までとは違う。


終わりを告げる鐘ではない。


始まりを告げる鐘だった。


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