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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第36話 誰も捨てない世界

「誰を捨てるかを選ぶんだ」


少年の言葉が響いた。


空から伸びた黒い手が、大地を掴む。


地面が大きく揺れた。


シエルが俺の腕を掴む。


「ヨハン……」


「ああ」


俺は少年を睨んだ。


「そんな世界、俺は選ばない」


少年の表情が変わった。


「……選ばない?」


「そうだ」


俺は四つ目の扉へ歩いた。


「俺たちは、何度も間違えた」


勇者が魔王を殺した。


シエルを犠牲にした。


世界を守るために、誰かを捨てた。


その結果、世界は何度も滅びた。


「だったら、今度は全部変える」


少年が笑う。


「無理だよ」


「どうして?」


「世界には、必ず代償が必要だから」


「誰が決めた?」


「世界そのものが」


「なら――」


俺は右手を握った。


「その世界のルールを変える」


紋章が光った。


少年が目を見開く。


「お前にはできない」


「できるさ」


シエルが俺の隣に立つ。


「私もいる」


レオンも歩いてきた。


「俺もいるぞ」


ミレイユが杖を構える。


「もちろん私も」


そして、アベルもゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「……俺も、付き合おう」


俺は少し驚いた。


「アベル」


「もう世界を壊す理由はない」


アベルは少年を見る。


「それに、俺も捨てたくない」


少年が眉を寄せる。


「お前まで……」


「そうだ」


アベルが黒剣を拾う。


「俺はもう、誰か一人のために世界全部を捨てるような真似はしない」


少年の顔から笑みが消えた。


「なら、試してみるといい」


黒い手が動いた。


地面を叩き潰す。


俺たちは散開した。


「レオン!」


「分かってる!」


レオンが黒い手へ走る。


聖剣ではない。


ただの剣だ。


それでも、レオンは迷わず振り抜いた。


黒い手に傷が入る。


「効いた!」


ミレイユが驚く。


「魔力じゃない!」


レオンが叫んだ。


「意志だ!」


その言葉に、俺の右手がさらに強く光った。


「ヨハン!」


シエルが叫ぶ。


「私の中の声が、力を貸してくれる!」


シエルの身体から青白い光が広がった。


無数の声が重なる。


『もう、誰も失いたくない』


『今度こそ生きたい』


『一緒にいたい』


その光が黒い手を包む。


黒い手が苦しそうに震えた。


「これは……」


少年が呟く。


「世界の記憶が、拒んでいる?」


「違う」


俺は答えた。


「世界の記憶が、選んでいるんだ」


「何を?」


「生きることを」


俺は四つ目の扉へ向かって走った。


少年が立ちはだかる。


「来るな!」


黒い剣が振り下ろされた。


俺は剣で受け止める。


重い。


それでも押し返す。


「お前は言ったな」


「何を……!」


「俺が最初の世界を終わらせたって」


「事実だ!」


「なら、終わらせた俺が始めればいい」


俺は黒剣を弾いた。


少年が後退する。


「世界を選ぶんじゃない」


一歩。


「世界に選ばせない」


もう一歩。


「俺たち自身で作る」


少年の顔が歪んだ。


「そんなことができると思うのか!」


「できる」


俺はシエルを見る。


シエルも頷いた。


「一人じゃ無理でも」


レオンが隣に立つ。


「四人ならできる」


ミレイユが笑う。


「五人よ」


アベルが黒剣を構える。


「六人だ」


俺は笑った。


「そうだな」


そして全員で前を向いた。


黒い手が再び襲ってくる。


レオンが斬る。


ミレイユが結界を張る。


アベルが黒い魔力を切り裂く。


シエルが世界の記憶を解放する。


俺は四つ目の扉へ手を伸ばした。


触れた瞬間。


扉が大きく開いた。


その向こうには、真っ白な世界が広がっていた。


何もない。


街もない。


国もない。


魔王もいない。


勇者もいない。


ただ、一つだけ。


巨大な木が立っていた。


その木の下に、一人の少女がいる。


青い髪。


赤い瞳。


「……シエル?」


隣のシエルが息を呑む。


少女は静かに笑った。


「やっと来たね」


「お前は誰だ?」


少女は答えない。


代わりに、木へ手を触れた。


すると、無数の光が枝に灯った。


一つ一つが、人の魂だった。


「この世界は、まだ名前がない」


少女が言う。


「だから、あなたたちが決めて」


「何を?」


「この世界のルールを」


俺は少女を見る。


「本当に、俺たちが決められるのか?」


「うん」


少女は頷く。


「最初の世界では、世界があなたたちを選んだ」


「二番目の世界では、運命があなたたちを選んだ」


「今度は違う」


少女が微笑む。


「あなたたちが、世界を選ぶ」


俺は後ろを見る。


シエル。


レオン。


ミレイユ。


アベル。


誰も欠けていない。


それだけで十分だった。


「じゃあ、決める」


俺は木に手を触れた。


「誰も魔王にならない」


シエルが続ける。


「誰も勇者にされない」


レオンが言った。


「誰も、誰かを殺す役目を背負わない」


ミレイユが続ける。


「誰か一人だけが世界を救う必要もない」


アベルが最後に言った。


「そして――」


俺は全員を見る。


「誰も捨てない」


木が大きく光った。


世界が震える。


空が生まれる。


大地が生まれる。


海が広がる。


遠くに街が現れる。


人々の声が聞こえる。


笑い声。


泣き声。


生きている音。


シエルが涙を流した。


「……世界が、始まる」


俺は頷いた。


「今度こそ」


白い光が俺たちを包み込む。


最後に、少女の声が聞こえた。


『ようこそ』


『あなたたちが選んだ世界へ』


光が消える。


俺たちは草原に立っていた。


青い空。


暖かな風。


隣にはシエルがいる。


レオンもいる。


ミレイユもいる。


アベルもいる。


誰も死んでいない。


誰も失っていない。


俺は空を見上げた。


赤い亀裂はない。


終焉を告げる鐘も鳴らない。


「……終わったのか?」


レオンが聞く。


「たぶんな」


俺が答える。


シエルが笑った。


「じゃあ、帰ろう」


「ああ」


俺たちは歩き始めた。


けれど。


俺は気づいていなかった。


遠く離れた森の奥。


一本の木の根元に、小さな黒い石が落ちている。


その石から、かすかな声が聞こえた。


『世界は……まだ終わっていない』


そして。


黒い石の中で、赤い瞳がゆっくりと開いた。


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