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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第32話 私を殺して

「今度こそ――私を、殺して」


少女の言葉が、崩れかけた城の中に響いた。


シエルと同じ顔。


同じ青い髪。


それなのに、俺は分かっていた。


目の前にいるのは、俺が知っているシエルではない。


「……嫌だ」


俺は首を横に振った。


少女は悲しそうに笑った。


「やっぱり、そう言うんだね」


「お前は誰だ?」


「私は――」


少女が答えるより先に、レオンの聖剣が大きく震えた。


「くっ……!」


レオンが剣を両手で押さえる。


聖剣から白い光が溢れ出した。


その光に触れた瞬間、少女の身体が透ける。


「レオン!」


「分かってる!」


レオンが聖剣を地面に突き立てた。


白い光が床を走り、黒い影を押し返す。


「ヨハン! 今だ!」


「何がだ!」


「分からない!」


「分からないのかよ!」


思わず叫ぶと、レオンが苦笑した。


「俺だって初めてなんだ!」


こんな状況で笑うな。


そう思った瞬間、俺の隣からシエルが前へ出た。


「私が行く」


「シエル?」


「この人……私と同じだから」


シエルが少女に近づく。


二人の手が触れた。


その瞬間――。


世界が反転した。


---


俺は城の中にいた。


いや。


城ではない。


もっと古い場所だ。


空は青い。


人々が笑っている。


魔物もいない。


魔王もいない。


勇者もいない。


平和な世界。


その中央に、二人の少女が立っていた。


一人は今のシエル。


もう一人は、さっきの少女。


「……二人?」


俺が呟く。


少女たちは、同じ顔で笑っている。


そして、その間に一人の少年がいた。


「ヨハン……?」


俺自身だった。


少年の俺は、二人の少女と一緒に笑っている。


胸が締め付けられた。


俺はこの光景を知らない。


それなのに、懐かしい。


「ここは……最初の世界」


声がした。


振り向くと、アベルが立っていた。


「お前は……」


「この世界が始まったばかりの頃だ」


アベルは遠くを見る。


「まだ誰も、世界が滅びるなんて知らなかった」


「じゃあ、あの二人は何なんだ?」


「片方はシエル」


「もう片方は?」


アベルは答えなかった。


代わりに、黒い影を指差した。


遠くの空に巨大な黒い亀裂が生まれている。


「世界は最初から、終わりを抱えていた」


「……何?」


「魔王が生まれたから世界が滅びたんじゃない」


アベルが静かに言う。


「世界が終わることが決まっていたから、魔王が必要になった」


意味が分からない。


「何のために?」


「終わりを、一人に背負わせるためだ」


その瞬間。


少年の俺が、二人の少女を庇った。


空から黒い光が降ってくる。


「ヨハン!」


現在のシエルの声が聞こえた。


世界が砕けた。


---


気がつくと、俺は元の城に戻っていた。


シエルが俺の隣で倒れている。


「シエル!」


抱き起こす。


「……ヨハン」


目を開けた。


「大丈夫か?」


「うん」


シエルは少女を見る。


少女もまた、シエルを見ていた。


「思い出した」


少女が呟く。


「何を?」


「私たちは、最初から二人だった」


「二人……?」


「一人が世界を生きるための器」


少女は自分の胸に手を当てた。


「もう一人が、世界を終わらせるための記憶」


俺は息を呑んだ。


「じゃあ、お前は……」


「私は、終わりを覚えている側」


少女が笑う。


「だから、私を消せばいい」


「それで世界は救われるのか?」


「分からない」


少女は首を振った。


「でも、これまでの世界では、いつもそうしてきた」


レオンが口を開く。


「だから俺が魔王を倒していたのか」


少女は頷いた。


「勇者が私を殺す」


「魔王を倒したと思った勇者は、世界を救ったと思う」


「でも、その瞬間に私が抱えていたものが外へ出る」


レオンの顔から血の気が引いた。


「それが……世界の終焉」


「そう」


「じゃあ、俺が魔王を倒す限り――」


「世界は終わる」


静寂が落ちた。


俺は少女を見る。


「なら、どうして俺は何度も戻ってきた?」


少女は少しだけ笑った。


「あなたが諦めなかったから」


「……」


「私を殺すことも、世界を見捨てることもできなかった」


少女の目に涙が浮かぶ。


「だから世界は、何度もやり直した」


そのとき。


背後から拍手が聞こえた。


「素晴らしい」


アベルだった。


「ようやく全部思い出したな」


俺は剣を抜いた。


「アベル」


「これで準備は整った」


アベルの足元から黒い魔法陣が広がる。


「何をするつもりだ?」


「終わらせる」


「この世界を?」


「違う」


アベルが笑った。


「この世界を終わらせて――最初からやり直す」


「また繰り返すつもりか!」


「そうだ」


アベルの視線が少女へ向く。


「彼女を消せば、世界は一度リセットされる」


「そして次の世界では、もう一度彼女を作る」


「何のために?」


俺が問い詰める。


アベルの笑顔が消えた。


「会いたい人がいる」


その一言だけだった。


「俺は、その人をもう一度取り戻す」


黒い魔法陣が輝く。


城全体が揺れ始めた。


「ヨハン!」


ミレイユが叫ぶ。


「この魔法陣、世界そのものに繋がってる!」


「止められるか?」


「無理! 私一人じゃ――」


レオンが聖剣を握り直した。


「なら、俺が止める」


聖剣が輝く。


その光に、少女が反応した。


「……そう」


少女がレオンを見る。


「あなたなら、できるかもしれない」


「何を?」


「私を殺さずに、私の中にあるものだけを切り離す」


レオンが目を見開く。


「そんなことができるのか?」


「最初の勇者は、それをしようとした」


少女はヨハンを見る。


「でも、失敗した」


俺の右手が熱くなる。


紋章が輝いた。


少女が微笑んだ。


「だから最後の鍵が必要だった」


「……俺が?」


「うん」


その瞬間、アベルが黒剣を振り上げた。


「させるものか!」


黒い斬撃が飛ぶ。


俺はシエルを抱えて飛び退いた。


レオンが聖剣で斬撃を受け止める。


ミレイユが結界を張る。


そして少女が叫んだ。


「ヨハン!」


「何だ!」


「私を殺す必要はない!」


少女の身体が光に包まれる。


「あなたが私を――」


言葉の途中で、黒い光が少女を飲み込んだ。


「――見つけてくれればいい!」


光が弾けた。


少女の姿が消える。


残ったのは、一つの黒い結晶。


俺の右手が、その結晶へ伸びる。


触れた瞬間。


声が聞こえた。


『ヨハン』


『次は、間違えないで』


そして――。


俺の中に、最後の記憶が流れ込んできた。


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