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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第31話 世界を喰らうもの

黒い影が咆哮した。


その瞬間、城の床が大きく揺れた。


「来るぞ!」


レオンが聖剣を構える。


黒い影が腕を振り下ろした。


俺たちは左右へ散った。


轟音とともに床が砕け、巨大な亀裂が走る。


「ミレイユ!」


「分かってる!」


ミレイユが杖を掲げた。


「――光壁!」


白い魔法陣が展開される。


黒い腕が光壁にぶつかった。


一瞬だけ止まる。


その隙にレオンが踏み込んだ。


「はあっ!」


聖剣が黒い腕を斬り裂く。


切断された腕は地面に落ちる前に霧のように消えた。


「効いてる!」


俺も続いて走る。


黒い影の懐へ入り、剣を振り抜いた。


手応えはあった。


胸元に傷が走る。


けれど――血は流れない。


傷の奥から、無数の声が響いた。


『痛い』


『寒い』


『助けて』


『どうして殺した』


俺は思わず足を止めた。


「……人の声?」


シエルが胸を押さえる。


「違う」


「シエル?」


「この声……私の中にいる人たち」


黒い影がこちらを向いた。


顔のない頭部。


そこに、赤い目が二つ浮かんだ。


「ヨハン」


シエルが俺の腕を掴む。


「この人たち……ずっと苦しんでる」


「どういうことだ?」


「世界が終わったときの記憶から、出られない」


その言葉を聞いた瞬間。


俺の右手が熱くなった。


紋章が光る。


黒い影の胸に刻まれた紋章も同時に輝いた。


「ヨハン!」


次の瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。


燃える街。


崩れる城。


泣き叫ぶ人々。


そして、その中心に立つ少女。


シエルだった。


いや――シエルの姿をした何か。


その前に、俺が立っている。


「これは……」


記憶の中の俺が叫んでいた。


『シエルを殺すな!』


レオンが聖剣を構えている。


『ヨハン、どいてくれ!』


『嫌だ!』


次の瞬間、赤い光が世界を覆った。


俺の視界が真っ白になる。


「――っ!」


気がつくと、俺は床に膝をついていた。


「ヨハン!」


シエルが肩を支えてくれている。


「今のは……前の世界?」


「ああ」


息を整えながら答える。


「でも、今まで見た記憶と違う」


「何が?」


俺は黒い影を見る。


「シエルを倒したあとじゃない」


レオンが振り返った。


「……どういう意味だ?」


「世界が滅びる前から、あいつはいた」


黒い影。


世界の終焉を記憶する存在。


魔王の中に入ったもの。


そして、シエルの中にも存在しているもの。


「魔王は、こいつを閉じ込めるための器だったんじゃないか?」


レオンが目を見開いた。


「じゃあ、魔王を倒したことで……」


「封印が解けた」


俺は答えた。


「俺たちは世界を救ったつもりで、最後の封印を壊していたんだ」


その瞬間。


黒い影が再び動いた。


「話は終わったか?」


声がした。


アベルだった。


いつの間にか、俺たちの後ろに立っている。


「アベル!」


レオンが剣を向ける。


「お前は何を知っている!」


「全部だ」


アベルは静かに答えた。


「この世界がどう始まり、どう終わるのかもな」


「なら教えろ!」


「嫌だ」


「なに?」


「教えても、お前たちはまた同じ選択をする」


アベルは俺を見る。


「ヨハン。お前だけは分かっているはずだ」


「何を?」


「シエルを守るだけでは、世界は救えない」


胸を突かれた。


「……」


「お前はずっとシエルを守ってきた」


アベルが続ける。


「だからこそ、世界の記憶はシエルの中で育った」


シエルが一歩前に出た。


「なら、私が消えればいい」


「シエル!」


「私がいなくなれば、世界の記憶も消えるんでしょ?」


「違う」


俺は即座に否定した。


「今度は、そんな選択をしない」


「でも――」


「俺はもう知ってる」


俺はシエルの手を握った。


「世界を救うために、お前を犠牲にする必要なんてない」


シエルの目が揺れる。


アベルが小さく笑った。


「そう言うと思った」


黒い剣を構える。


「だから、お前には別のものを見せてやる」


アベルが剣を地面へ突き立てた。


その瞬間。


城全体が震えた。


壁が崩れ、天井から巨大な黒い光が降りてくる。


黒い影の胸にあった紋章が砕けた。


「な……!」


黒い影が膝をつく。


その身体から、無数の光が飛び出した。


人の姿。


子供。


老人。


兵士。


女。


男。


数え切れないほどの人々が、黒い影から解放されていく。


「これが……」


ミレイユが呟く。


「世界が滅びたときの人たち……?」


その中に、一人だけ。


俺がよく知る姿があった。


「……シエル?」


シエル自身が、目を見開く。


空中に浮かぶ少女。


青い髪。


青い瞳。


今のシエルと同じ顔。


けれど、その少女は俺を見て微笑んだ。


「ヨハン」


俺の心臓が跳ねた。


「やっと、ここまで来たね」


現在のシエルが震える。


「……私?」


空中の少女は首を横に振った。


「私は、あなたじゃない」


そして俺を見る。


「あなたが守ろうとしているシエルでもない」


「じゃあ、お前は誰なんだ?」


少女は答えた。


「この世界が最後に残した――」


そこで声が途切れた。


空が割れた。


白い光が城を飲み込んでいく。


アベルが笑った。


「これで分かっただろう、ヨハン」


「何がだ!」


「魔王を倒すだけでは、世界は終わらない」


アベルは黒い剣を抜いた。


「世界そのものが、お前たちを終わらせようとしている」


少女が俺を見つめる。


その目から、一筋の涙が落ちた。


「だから、お願い」


「何を?」


「今度こそ――私を、殺して」


その言葉と同時に。


聖剣が、レオンの手の中で大きく震えた。


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