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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第28話 最初の世界の少女

「おかえり、ヨハン」


 少女は、そう言って笑った。


 青い髪。


 青い瞳。


 間違えるはずがない。


「……シエル?」


 ヨハンの声が震えた。


 目の前にいるのは、確かにシエルだった。


 今のシエルと同じ顔。


 それなのに、どこか違う。


 服も違えば、雰囲気も違う。


 何より――。


「どうして、俺の名前を知ってる?」


 少女は不思議そうに首を傾げた。


「どうしてって……」


 そして、当たり前のように答える。


「私が、シエルだからだよ」


 ヨハンは言葉を失った。


 隣にいたレオンも、ミレイユも動かない。


 ただ、シエルだけが少女を見つめていた。


「……私?」


「そう」


 少女は笑った。


「でも、あなたは私じゃない」


「どういうこと?」


「あなたは、私が何度も探しているシエル」


 少女の笑顔が少し寂しそうに変わる。


「そして、あなたは――」


 ヨハンを見る。


「まだ、私を知らないヨハン」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 頭の奥で何かが弾けた。


「ぐっ……!」


「ヨハン!」


 ミレイユが支える。


 視界が揺れる。


 頭の中へ、知らないはずの記憶が流れ込んできた。


 城。


 街。


 森。


 何度も繰り返される出会い。


 何度も繰り返される別れ。


 そして――。


 シエル。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 同じ少女を探している自分。


「……これ、全部……」


 ヨハンは膝をついた。


「俺の記憶なのか?」


「ううん」


 少女が首を横に振る。


「ヨハンの記憶じゃないよ」


「じゃあ、誰の……」


「世界の記憶」


 その答えに、ヨハンは顔を上げた。


 少女は城を見上げる。


「ここは最初の世界」


 静かな声だった。


「魔王も、勇者も、聖剣も存在しなかった頃の世界」


 レオンが息を呑む。


「じゃあ……ここが始まりなのか?」


「うん」


 少女は頷いた。


「私たちは、ここから始まった」


 そのとき。


 遠くから鐘の音が響いた。


 ゴーン。


 ゴーン。


 街の人々が動き始める。


 城門が開く。


 兵士たちが列を作る。


「何が起きる?」


 ヨハンが尋ねた。


「勇者が選ばれる日」


 少女が答える。


 レオンの表情が変わった。


「……俺が?」


「違うよ」


 少女はレオンを見る。


「最初の勇者は、あなたじゃない」


 レオンが驚く。


「じゃあ、誰だ?」


 少女は城を指差した。


「まだ城の中にいる」


 ヨハンたちは少女の後を追った。


---


 城の大広間。


 そこには、大勢の人間が集まっていた。


 中央に一本の剣が置かれている。


 聖剣。


 けれど、ヨハンが知っている聖剣とは違っていた。


 刀身は白く、傷一つない。


 そして、その前に一人の少年が立っている。


「まさか……」


 レオンが呟く。


 少年が剣に手を伸ばす。


 聖剣が光った。


 歓声が上がる。


「勇者だ!」


「勇者が誕生したぞ!」


 少年は嬉しそうに笑った。


 ヨハンは、その顔を見つめた。


 知らない少年だった。


 それなのに――。


 胸が苦しくなる。


「この人が……最初の勇者?」


「うん」


 少女が答える。


「優しい人だったよ」


「だった?」


「うん」


 少女の表情が曇る。


「最後には、世界を守るために死んだ」


 レオンが拳を握る。


「魔王に殺されたのか?」


「違う」


 少女は首を振った。


「自分で死んだ」


 その瞬間、聖剣が黒く染まった。


 大広間の空気が変わる。


 歓声が消える。


 人々の姿が消えていく。


 景色が一気に変わった。


---


 炎。


 瓦礫。


 崩れた城。


 空は赤い。


 ヨハンは見覚えのある景色に息を呑んだ。


「……世界の終わり」


 前の人生で見た景色。


 魔王を倒した三日後。


 世界が崩壊したときと同じだ。


 その中央に、最初の勇者が立っていた。


 聖剣は折れている。


 その向かいには――。


 魔王。


 黒い鎧。


 赤い瞳。


 けれど、その顔を見たヨハンは驚いた。


「……シエル?」


 魔王の顔は、シエルと同じだった。


 少女が目を伏せる。


「これが、最初の失敗」


 レオンが聖剣を握る。


「シエルが魔王だったのか?」


「違う」


 少女は答えた。


「正確には――」


 魔王の胸から、黒い光が溢れ出す。


 その光の中には、無数の人影があった。


 泣いている。


 叫んでいる。


 助けを求めている。


 ヨハンは、その中に自分の姿を見た。


 いや。


 自分だけではない。


 レオン。


 ミレイユ。


 シエル。


 何度も見てきた人々。


 何度も失った仲間たち。


「これは……」


「世界が終わった人たち」


 少女が言う。


「死んだ世界の記憶だよ」


 最初の勇者が聖剣を握る。


 魔王へ向かって歩き出す。


 その表情には、怒りがない。


 悲しみだけがあった。


「彼は魔王を倒した」


 少女の声が響く。


「そして、魔王の中にあったものを聖剣へ封じた」


「だったら、世界は救われたんじゃないのか?」


 ヨハンが叫ぶ。


「ううん」


 少女は首を振った。


「封じきれなかった」


 聖剣が砕ける。


 黒い光が空へ昇っていく。


 大地が割れる。


 空が崩れる。


 海が逆流する。


 ヨハンが知っている世界の終わりが始まった。


 その瞬間――。


 最初の勇者が聖剣を胸に突き刺した。


「なっ……!」


 レオンが叫ぶ。


「何をしているんだ!」


「自分の魂を、聖剣に入れたの」


 少女が静かに言う。


「世界の記憶を閉じ込めるために」


 少年の身体が光になる。


 そして、その光が聖剣へ吸い込まれていく。


 聖剣が一本の白い剣へ戻った。


 同時に、世界の崩壊が止まる。


 ほんの一瞬だけ。


 そして――。


 世界そのものが消えた。


---


「……だから」


 レオンが呟いた。


「俺が、何度も選ばれたのか」


「そう」


 少女が答える。


「聖剣は、最初の勇者の魂を探し続けた」


「俺が、その魂……」


「うん」


 レオンは聖剣を見つめた。


 初めて見るような顔だった。


 ヨハンも何も言えなかった。


 すべてが繋がってきた。


 勇者が魔王を倒す。


 世界が終わる。


 聖剣に勇者の魂が残る。


 そして、次の世界が始まる。


 また勇者が選ばれる。


 また魔王が生まれる。


 また世界が終わる。


 その繰り返し。


「じゃあ、シエルは?」


 ヨハンが少女を見る。


「シエルは何のために……」


「器」


 少女は答えた。


「世界の記憶を受け止めるため」


「それじゃあ、シエルはずっと……」


「そう」


 少女は悲しそうに笑う。


「世界が終わるたびに、全部を受け取ってきた」


 ヨハンの胸が締め付けられた。


 シエルを見る。


 隣にいる現在のシエルは、黙っていた。


 その頬を涙が伝っている。


「……私、ずっと一人だったんだ」


「違う」


 ヨハンはすぐに答えた。


「俺がいる」


 シエルが顔を上げる。


「何度繰り返しても、俺はお前を探す」


 ヨハンはシエルの手を握った。


「今度こそ、終わらせる」


 その瞬間。


 城の奥から、大きな音が響いた。


 ドン――。


 少女が振り返る。


「来た」


「何が?」


「この世界を壊した人」


 城門の向こう。


 黒いローブの男が立っていた。


 灰色の髪。


 鋭い目。


 その顔を見た瞬間、ヨハンは息を止めた。


「……アベル?」


 違う。


 顔は似ている。


 けれど、今まで見てきたアベルより若い。


 そして、その男の隣には――。


 一人の女性が立っていた。


 銀色の髪。


 白い服。


 その顔を見て、ミレイユが声を失う。


「エリシア……?」


 少女が小さく呟いた。


「最初の聖女」


 そして――。


 若いアベルが、こちらを見て笑った。


「やっと来たか」


 ヨハンの右手の紋章が、激しく光った。


「待っていたぞ」


 その言葉と同時に、世界が再び揺れ始めた。


「ヨハン」


 シエルが手を強く握る。


「今度は、逃げないで」


「逃げない」


 ヨハンは答えた。


「今度は、最後まで一緒にいる」


 そして四人は、最初の世界で始まった戦いへ足を踏み入れた。


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