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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第27話 最初の世界へ

 五つ目の紋章が、ゆっくりと輝きを増していく。


 交差した二本の剣。


 それは、これまで見てきた四つの紋章とは明らかに違っていた。


「剣……?」


 レオンが呟いた。


 聖剣を握る手に力が入る。


 その瞬間、聖剣が震えた。


 まるで、目の前に現れた紋章を知っているかのように。


「レオン」


 ヨハンが呼びかける。


「分かってる。こいつが、俺を呼んでいる」


 レオンは聖剣を見つめた。


 すると、交差した二本の剣の紋章から、一筋の光が伸びた。


 光はレオンの聖剣へ吸い込まれていく。


 直後――。


『……ようやく、戻ってきた』


 声が響いた。


 男の声だった。


 若い。


 そして、その声はレオンによく似ていた。


「誰だ?」


 レオンが叫ぶ。


 返事はない。


 代わりに、聖剣の刀身にひびが入った。


「レオン!」


 ミレイユが駆け寄る。


「大丈夫だ!」


 レオンは剣を離さなかった。


 ひびはみるみる広がっていく。


 その隙間から、黒い光が流れ出した。


 ヨハンの右手に刻まれた紋章が、それに呼応する。


「俺の手が……」


 熱い。


 今までとは比べものにならないほどの熱だった。


 ヨハンが右手を押さえた瞬間、目の前の景色が消えた。


---


 そこには、王都があった。


 今よりも古い。


 城壁も建物も、まだ新しい。


 空は青く、魔物の姿もない。


 戦争も起きていない。


 平和な世界だった。


「ここは……」


 ヨハンは周囲を見回した。


 隣に誰かが立っている。


 振り返る。


 そこにいたのは、若いレオンだった。


 今のレオンと同じ顔。


 その手には、まだ聖剣がない。


「ヨハン」


 若いレオンが言った。


「俺たちは、間違えた」


「何を……?」


「魔王を倒したことだ」


 ヨハンは息を呑んだ。


 そのとき、背後から声がした。


「違うよ」


 シエルだった。


 今より幼い。


 十五歳くらいの姿をしている。


 彼女は二人の前まで歩いてくると、悲しそうに笑った。


「魔王を倒したことが間違いだったんじゃない」


 シエルは胸元に手を当てる。


「魔王を倒したあとに、私を置いていったことが間違いだったの」


「シエル……」


 ヨハンが手を伸ばす。


 触れられない。


 これは記憶だ。


 過去の世界で起きた出来事。


 そう思った。


 ところが――。


 シエルが、こちらを見た。


 記憶の中にいるヨハンではない。


 今ここにいるヨハンを見ている。


「今度こそ、間に合わせてね」


 シエルが微笑む。


 次の瞬間、世界が崩れた。


---


「ヨハン!」


 ミレイユの声で、ヨハンは現実へ引き戻された。


 膝をついている。


 目の前ではレオンが聖剣を見つめていた。


 刀身のひびは、いつの間にか消えている。


「何を見た?」


 レオンが尋ねた。


「第一世界だと思う」


「俺もだ」


 レオンは静かに答えた。


「俺の中にも、少しだけ記憶が戻った」


 ヨハンが顔を上げる。


「何を?」


「俺は、最初から魔王を殺したかったわけじゃない」


 レオンは聖剣を握り直した。


「俺はシエルを守ろうとしていた」


 シエルが息を呑む。


「私を……?」


「ああ。でも、最後には失敗した」


 レオンは苦しそうに目を伏せた。


「だから俺は、聖剣に自分の魂を預けた」


 ヨハンの背筋に寒気が走った。


「じゃあ……」


「そうだ」


 レオンがヨハンを見る。


「俺が何度も勇者に選ばれてきた理由は、聖剣の中に俺の魂が残っていたからだ」


 ミレイユが呟いた。


「じゃあ、勇者が魔王を殺すという歴史そのものが……」


「最初の世界で起きた失敗を、何度も繰り返している」


 ヨハンが答えた。


 シエルが胸を押さえる。


「私も……同じなの?」


「どういう意味だ?」


「私は世界が終わるたびに、何かを覚えている」


 シエルの瞳が揺れる。


「ヨハンを探して……見つけて……それでも世界が終わる。また次の世界で探して……」


 声が震えた。


「私たちは、ずっと繰り返していたんだと思う」


 そのときだった。


 地下深くから、轟音が響いた。


 床が大きく揺れる。


 天井から石が落ちてきた。


「来るぞ!」


 ヨハンが叫ぶ。


 五つ目の紋章が砕けた。


 その奥に、階段が現れる。


 階段の先には光があった。


 白い光。


 まるで朝の光のようだった。


「これが……第一世界への道?」


 ミレイユが尋ねる。


「おそらくな」


 ヨハンは立ち上がった。


 そのとき、遠くから声が聞こえた。


「行かせない」


 アベルだった。


 振り返る。


 崩れた通路の向こうに、灰色のローブをまとったアベルが立っていた。


 その隣には、黒いローブの女がいる。


「ヨハン。そこへ行けば、すべてを知ることになる」


 アベルは静かに言った。


「そして、お前は必ず後悔する」


「何を後悔する?」


「シエルを守ったことをだ」


 シエルの顔が強張る。


「アベル……」


「お前は知らない」


 アベルはシエルを見つめた。


「お前が何度、世界を終わらせたのかを」


 ヨハンが一歩前に出る。


「違う」


「何が違う?」


「世界を終わらせたのはシエルじゃない」


 ヨハンは右手を握りしめた。


「勇者が魔王を殺した。その結果、世界が終わった」


 アベルの笑みが消える。


「ならば聞こう」


 アベルが手を掲げる。


 黒い魔力が集まっていく。


「勇者が魔王を殺さなければ、本当に世界は救われるのか?」


 その瞬間――。


 シエルの瞳が赤く染まった。


「……違う」


 シエル自身の声ではない。


 低く、重い声だった。


「魔王を殺しても、殺さなくても――」


 シエルの口が動く。


「世界は終わる」


 ヨハンの心臓が跳ねた。


「シエル?」


「終わらせているのは……魔王じゃない」


 赤い瞳がヨハンを見る。


「この世界そのもの」


 アベルが笑った。


「ようやく気づいたか」


 黒い魔力が弾ける。


「第一世界へ行け。そこで見ればいい」


 アベルは踵を返した。


「なぜ、お前たちが何度も失敗したのかを」


「待て!」


 ヨハンが追おうとする。


 その前に黒い壁が出現した。


 レオンが聖剣を振る。


 一閃。


 黒い壁が砕け散る。


 その向こうに、アベルの姿はもうなかった。


「逃げた……」


 ミレイユが呟く。


 ヨハンは答えなかった。


 白い光を見つめている。


 第一世界。


 そこには、この世界が始まった理由がある。


 そして、自分たちが何度も同じ結末を繰り返してきた理由も。


「行こう」


 ヨハンが言った。


「今度こそ、最初からやり直すんじゃない」


 シエルの手を取る。


「終わらせるんだ。この繰り返しを」


 レオンが隣に立つ。


「俺も行く」


 ミレイユも杖を握った。


「もちろん私も」


 四人は、白い光の中へ歩き出した。


 最後にヨハンが振り返る。


 崩れた地下神殿。


 その奥で、何かがこちらを見ていた。


 人影だった。


 黒い影の中に浮かぶ、二つの赤い目。


 そして、その影は呟いた。


「……やっと、戻ってきた」


 白い光が四人を包み込む。


 視界が真っ白になった。


 次の瞬間――。


 ヨハンたちは、知らない場所に立っていた。


 目の前には巨大な城がある。


 魔王城ではない。


 見たことのない城だった。


 空も赤くない。


 魔物の気配もない。


 すべてが穏やかだった。


 そして城門の前には、一人の少女が立っていた。


 青い髪。


 青い瞳。


 ヨハンは息を止めた。


 少女が振り返る。


 そして、笑った。


「おかえり、ヨハン」


 その声を聞いた瞬間――。


 ヨハンの中に、失われていた記憶が一気に流れ込んできた。


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