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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第26話 世界の記憶

 最後の扉が開いた。


 その向こうから。


 風が吹いてきた。


 地下にあるはずなのに、冷たい風が頬を撫でる。


 俺は剣を構えた。


「シエル、下がって」


「……ヨハン」


 シエルは動かなかった。


 赤く染まった瞳で、俺を見ている。


「私は……私だよ」


 その声は、いつものシエルだった。


 けれど。


 次の瞬間。


「でも、私の中には……たくさんいる」


 シエルの胸元から、青白い光が漏れた。


 無数の声が聞こえる。


 泣いている声。


 笑っている声。


 助けを求める声。


 そして。


 俺の名前を呼ぶ声。


「ヨハン」


「……何だ?」


「みんな、あなたを知ってる」


 背筋が凍った。


「どうして?」


「分からない」


 シエルは首を振る。


「でも、みんな言ってる」


 シエルの瞳から涙が落ちる。


「『また見つけた』って」


---


 突然。


 視界が白くなった。


「ヨハン!」


 レオンの声が遠ざかる。


 身体が落ちていくような感覚。


 そして。


 俺は知らない場所に立っていた。


 赤い空。


 崩れた街。


 燃える王都。


 見覚えがある。


 前の世界だ。


 俺は瓦礫の中を走っていた。


「シエル!」


 誰かを探している。


 俺自身だった。


 けれど。


 今の俺が知っている記憶とは違う。


 前の世界の俺は、一人ではなかった。


 隣に。


 レオンがいた。


 ミレイユもいた。


 そして。


 シエルがいた。


「ヨハン!」


 シエルが叫ぶ。


「魔王城へ!」


 俺たちは走っている。


 今まで俺が覚えていた最後の戦いとは違う。


 魔王城の最上階。


 玉座に。


 一人の少女が立っていた。


 黒い服。


 赤い瞳。


 シエルだった。


「シエル……?」


 俺が呟く。


 少女は泣いていた。


「来ないで」


 俺は剣を抜く。


 レオンが前へ出る。


「俺が戦う」


「待ってくれ!」


 俺が止める。


「彼女はシエルだ!」


「分かってる!」


 レオンが叫ぶ。


「それでも、ここで止めなきゃ世界が滅びる!」


 その言葉。


 その場面。


 知っている。


 俺の記憶にあった。


 レオンが魔王を倒した。


 そして。


 三日後に世界が滅びた。


 けれど。


 その前に。


 俺はシエルへ駆け寄っていた。


「俺が守る!」


 シエルが泣きながら笑う。


「……ありがとう」


 彼女の胸から。


 赤い光が溢れた。


 その光が。


 俺の右手へ入ってくる。


 激しい痛み。


「ヨハン!」


 レオンが叫んでいる。


 そして。


 俺の手の中に。


 一つの黒い石が現れた。


 今まで見たことがない石だった。


 シエルが言う。


「これを持って」


「何だ?」


「次の世界で、私を見つけて」


「シエル?」


「お願い」


 シエルの身体が光に包まれる。


「今度こそ……」


 その声を最後に。


 世界が崩れた。


---


「ヨハン!」


 目を開ける。


 目の前にシエルがいた。


「大丈夫?」


「ああ……」


 息を整える。


「今、思い出した」


「何を?」


「前の世界」


 俺はシエルを見る。


「俺は、あのときシエルを守った」


「うん」


「でも、それだけじゃない」


 右手を見る。


 紋章の中心に。


 小さな黒い点が浮かんでいる。


「シエルから、何かを受け取ってた」


 エリシアが驚いた。


「それを覚えているの?」


「ああ」


「なら……」


 エリシアが俺の右手を見る。


「記憶が戻り始めています」


「記憶?」


「あなたは、すべてを忘れていたわけじゃない」


 エリシアは苦しそうに言う。


「世界をやり直すたびに、必要な記憶だけが残されるようになっていた」


「誰が?」


「世界自身です」


 俺は眉をひそめる。


「世界に意思があるのか?」


「あります」


 エリシアが答える。


「少なくとも、あなたを何度も戻している存在はあります」


「じゃあ、俺を戻してるのは誰なんだ?」


 エリシアは答えなかった。


 代わりに。


 シエルを見た。


「シエルです」


「……シエル?」


「正確には、シエルの中にある世界の記憶」


 俺は息を呑む。


「シエルが俺を戻していた?」


「そうです」


 シエル自身も驚いている。


「私が?」


「あなたが世界の終わりを記憶することで、その記憶が次の世界へ送られる」


 エリシアが続ける。


「そして、その記憶を受け取る役割を持つのが――」


 俺を見る。


「ヨハンです」


 俺は右手を見た。


 鍵。


 世界を繋ぐ鍵。


 そういうことだったのか。


「じゃあ、アベルは?」


「彼は世界の記憶を利用している」


「何のために?」


「世界を最初の状態へ戻すためです」


 エリシアの顔が険しくなる。


「すべてを消して、最初からやり直す」


「それが目的?」


「はい」


「なぜ?」


 エリシアはしばらく黙った。


 やがて。


「彼は、最初の世界で大切な人を失いました」


「……」


「その人を取り戻すために、世界を何度も繰り返している」


 アベルの目的が。


 初めて少しだけ見えた。


 世界を救うためではない。


 誰かを取り戻すため。


 そのために。


 何度も世界を壊している。


---


 そのとき。


 大聖堂の外から爆発音が響いた。


「またか!」


 レオンが立ち上がる。


 エリシアが窓を見る。


「始まった……」


「何が?」


「王都の封印が破られます」


「封印?」


 大聖堂の地下から。


 地響きが伝わってくる。


「魔王が出てくるのか?」


「違います」


 エリシアが首を振る。


「もっと古いものです」


 地下から。


 無数の声が響く。


『返して』


『返して』


『返して』


 シエルが耳を塞ぐ。


「みんなが……苦しんでる」


 俺はシエルの手を握った。


 すると。


 声が一斉に止まった。


 代わりに。


 一つの声だけが聞こえた。


『最初の世界へ』


 俺は顔を上げた。


「聞こえたか?」


 レオンが首を振る。


「何も」


 ミレイユも同じだった。


 シエルだけが頷く。


「私にも聞こえた」


 エリシアが青ざめる。


「最初の世界へ行く方法が、開いたんです」


「どこにある?」


「大聖堂の地下」


 俺たちは顔を見合わせた。


 また地下。


 また扉。


 そして。


 また過去。


「行こう」


 俺は言った。


「今度こそ、全部終わらせる」


 レオンが頷く。


「俺も行く」


 ミレイユも杖を握る。


「私も」


 シエルが俺の手を握り返した。


「一緒に行こう」


「ああ」


 四人で階段を下りる。


 地下へ。


 最後の扉の向こうへ。


---


 その頃。


 王都の別の場所。


 アベルは一人の男と向かい合っていた。


「準備はできたか?」


「はい」


 男が答える。


 その男の胸には。


 王国騎士団の紋章があった。


「勇者は?」


「大聖堂へ向かいました」


「なら、予定通りだ」


 アベルが笑う。


「ヨハンたちは最初の世界へ向かう」


「そこで何が起きる?」


「最初の失敗を、もう一度見せる」


 アベルは黒い石を握った。


「ヨハン自身に、シエルを殺させるために」


 黒い石が赤く光る。


「そうすれば」


 アベルが呟く。


「世界は、最初の形へ戻る」


 大聖堂の地下で。


 四つの紋章が輝いた。


 そして。


 その中心に。


 新しい五つ目の紋章が浮かび上がった。


 それは。


 二本の剣が交差した紋章だった。


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