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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第25話 最初の勇者

王都中に、鐘の音が響いていた。


 大聖堂の地下にいても、その音ははっきり聞こえる。


 勇者レオン・ヴァイス。


 反逆者。


 そして。


 ――殺せ。


 国王の命令が、街中に広がっている。


「……レオンが」


 シエルが呟いた。


 俺は唇を噛んだ。


 アベルの言った通りだった。


 レオンを殺す。


 それが王国の命令になった。


「どうして王が、こんなに簡単に……」


 ミレイユが震える声で言う。


「操られているのかもしれない」


 俺は答えた。


「アベルには、それだけの力がある」


「なら、早く戻らないと!」


 シエルが振り返る。


「レオンが危ない!」


「分かってる」


 俺はアベルを睨んだ。


「お前の狙いは何だ?」


「まだ分からないのですか?」


 アベルは笑った。


「私は世界を救おうとしているだけです」


「勇者を殺して?」


「はい」


「シエルを利用して?」


「必要なことです」


「ふざけるな!」


 俺は剣を抜いた。


 アベルへ向かって踏み込む。


 けれど。


 黒い壁が目の前に現れた。


 剣が弾かれる。


「くっ!」


 アベルは動かない。


「あなたは何度も同じことをしています」


「何?」


「シエルを守る」


 黒い魔力が広がる。


「勇者を守る」


「世界を救おうとする」


 アベルの目が赤く光った。


「そして、すべてを失う」


「……何度目だ」


 俺の右手が熱くなる。


「俺たちは、何回この世界を繰り返した?」


 アベルが初めて黙った。


 その反応を見逃さなかった。


「知ってるんだな」


「……」


「何回だ?」


 アベルは小さく笑った。


「数えることに意味などありません」


「答えろ!」


「あなたが覚えていないだけですよ」


 アベルの姿が黒い霧に包まれる。


「次に会うときには、もう一人のあなたも目を覚ましているでしょう」


「もう一人?」


 霧が消える。


 そこにアベルはいなかった。


「逃げた……」


 シエルが呟く。


 俺は拳を握った。


 もう一人の俺。


 水晶の中にいた十五歳の俺。


 あれは一体何なのか。


---


「ヨハン!」


 大聖堂の上から轟音が響いた。


 天井が揺れる。


「外で戦ってる!」


 ミレイユが叫ぶ。


 俺たちは階段を駆け上がった。


 大聖堂の広場。


 レオンが王国騎士たちに囲まれている。


「レオン!」


「来るな!」


 レオンが叫ぶ。


「数が多すぎる!」


 騎士たちの中には、さっきの騎士団長ガルドもいた。


 聖剣を握ったレオンが、一人の騎士を斬り飛ばす。


 殺してはいない。


 それでも。


 少しずつ追い詰められている。


「俺たちも行く!」


 俺が走り出す。


「ヨハン!」


 シエルが続く。


 その瞬間。


 空から巨大な光が落ちてきた。


 地面が爆発する。


「何だ!」


 煙の向こうから。


 一人の女が歩いてきた。


 白い服。


 銀色の髪。


「エリシア……?」


 聖女だった。


 けれど。


 先ほどまでの彼女とは違う。


 瞳が赤い。


 手には黒い短剣。


「勇者レオン」


 エリシアが言う。


「聖剣を捨てなさい」


「嫌だ」


「あなたが死ねば、世界は救われます」


「俺が死ぬ?」


 レオンは聖剣を構える。


「どうして俺が?」


「最初の世界でも、そうでした」


 俺の心臓が跳ねた。


「最初の世界……」


 エリシアが俺を見る。


「あなたも知りたいのでしょう?」


「何を?」


「なぜ、あなたが何度も戻ってくるのか」


 エリシアの手から黒い短剣が落ちた。


 地面に刺さる。


 その瞬間。


 広場の地面に巨大な魔法陣が浮かんだ。


「逃げろ!」


 俺が叫ぶ。


 けれど遅かった。


 魔法陣から黒い鎖が飛び出す。


 レオンの身体に巻きつく。


「ぐっ!」


「レオン!」


 シエルが手を伸ばす。


 青白い魔力が爆発する。


 鎖が一本切れた。


 その隙に俺が走る。


「レオン!」


 剣を振り下ろす。


 鎖を切る。


「助かった!」


「立てるか?」


「ああ!」


 レオンが立ち上がる。


 そのとき。


 エリシアが叫んだ。


「違う!」


 赤い瞳から涙が流れる。


「私は、あなたを殺したいんじゃない!」


 黒い魔力が彼女の身体を覆う。


「エリシア!」


「逃げて!」


 彼女の声が震える。


「早く!」


 俺は気づいた。


 彼女の身体に。


 黒い文字が浮かんでいる。


 アベルがシエルに刻んだものと同じ文字。


「操られてる!」


 ミレイユが叫ぶ。


「エリシアの魔力じゃない!」


 黒い魔力が巨大な腕になる。


 エリシア自身の意思とは関係なく。


 俺たちへ襲いかかる。


「シエル!」


「分かってる!」


 二人の魔力がぶつかった。


 青と黒。


 大聖堂の広場が光に包まれる。


---


 数秒後。


 黒い魔力が消えた。


 エリシアが倒れる。


 シエルが駆け寄る。


「エリシア!」


 エリシアは目を開けた。


 今度は。


 赤ではなく、青い瞳だった。


「……シエル」


「大丈夫?」


「あなたに……伝えないと」


 エリシアが俺を見る。


「最初の勇者は……」


 息を整える。


「魔王を殺さなかった」


「さっきも聞いた」


「違う」


 エリシアは首を振った。


「魔王を殺さなかっただけじゃない」


 その目に涙が浮かぶ。


「最初の勇者は、自分自身を殺したの」


 俺は凍りついた。


「……自分を?」


「世界の終焉を止めるために」


 エリシアが続ける。


「勇者は聖剣を折った」


「そして?」


「自分の魂を聖剣へ封じた」


 レオンが聖剣を見る。


「この聖剣に……?」


「そう」


 エリシアは頷く。


「だから聖剣は、勇者を選ぶ」


「勇者の魂が……次の勇者を選んでいる?」


「違います」


 エリシアはレオンを見る。


「聖剣は、同じ魂を何度も選んでいる」


 レオンの顔が青ざめる。


「俺が……最初の勇者?」


「そう」


 俺も言葉を失った。


 レオンは何度も勇者になっていた。


 世界が繰り返されるたびに。


 同じ魂が選ばれていた。


「じゃあ、俺は?」


 俺が尋ねる。


 エリシアは俺を見る。


「あなたも同じです」


「俺も……?」


「あなたは勇者ではない」


 エリシアが首を振る。


「あなたは、勇者の魂を世界へ戻すための鍵」


 右手の紋章が光る。


「世界が終わるたびに、勇者の魂は聖剣へ戻る」


「そして俺が……?」


「あなたが、その魂を次の世界へ送る」


 頭の中で。


 すべてが繋がった。


 世界が終わる。


 レオンが聖剣へ戻る。


 俺が何かをして。


 次の世界へ進む。


 そのたびに。


 俺だけが記憶を残していく。


 けれど。


「なら、シエルは?」


 エリシアの顔が曇る。


「シエルは……」


 その言葉を遮るように。


 大聖堂の地下から。


 巨大な音が響いた。


 ドン。


 ドン。


 ドン。


 エリシアが震える。


「もう、目を覚まし始めてる」


「何が?」


「最初の世界で生まれたもの」


 エリシアがシエルを見る。


「魔王ではありません」


 地下から。


 無数の声が響いた。


 泣き声。


 怒鳴り声。


 笑い声。


 そのすべてが重なっている。


「世界の終わりを記憶している者たち」


 エリシアが言った。


「それが、シエルの中にいる」


 シエルが胸を押さえた。


「……私の中に?」


「あなたは器ではない」


 エリシアが言う。


「あなたは――」


 その瞬間。


 シエルの瞳が赤く染まった。


「――世界の記憶そのもの」


 シエルがゆっくり顔を上げる。


 そして。


 俺を見て微笑んだ。


「ヨハン」


 その声は。


 シエルのものではなかった。


「やっと、ここまで来たね」


 俺の右手の紋章が激しく燃え上がる。


 大聖堂の地下で。


 四つの紋章が一斉に輝いた。


 勇者。


 器。


 魔王。


 そして。


 二人の人間。


 最後の扉が。


 完全に開いた。


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