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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第29話 魔王にならなかった少女

 頭の中が、壊れそうだった。


 知らない記憶が、次々と流れ込んでくる。


 何度も繰り返される世界。


 何度も出会うシエル。


 何度も選ばれるレオン。


 そして、何度も死ぬ自分。


「ヨハン!」


 シエルの声が聞こえた。


 その声だけが、ヨハンを現実へ引き戻した。


「……シエル」


「大丈夫?」


「ああ」


 ヨハンは額の汗を拭った。


 まだ頭は痛い。


 それでも、今までとは違う。


 自分の中に、ひとつの記憶がはっきりと残っていた。


「俺は……ここに来たことがある」


「え?」


「この世界で、お前と会っている」


 シエルが目を見開く。


 ヨハンは城門の前に立つ少女を見た。


 最初の世界のシエル。


 彼女は静かにこちらを見ている。


「でも、違うんだ」


「何が?」


「俺が知っているシエルと、このシエルは同じじゃない」


 少女が笑った。


「やっと気づいたね」


 その言葉に、レオンが反応する。


「どういう意味だ?」


「私は、魔王じゃない」


 少女ははっきりと言った。


 ヨハンの胸がざわつく。


「じゃあ、誰が魔王になった?」


 少女は答えなかった。


 代わりに、城の中を指差した。


「見に行こう」


 四人は少女の後を追った。


---


 城の中は静まり返っていた。


 兵士もいない。


 人の気配すらない。


「さっきまで街に人がいたよな?」


 レオンが尋ねる。


「この世界は、記憶だから」


 少女が振り返る。


「必要な場面しか残っていないの」


「記憶……?」


「うん」


 少女は足を止めた。


 目の前に、一枚の大きな扉がある。


 扉には二つの紋章が刻まれていた。


 聖剣。


 そして、黒い王冠。


「この先に、最初の魔王がいる」


 ヨハンは息を呑んだ。


「シエルじゃないのか?」


「違う」


 少女は首を振る。


「私が魔王になったのは、もっと後の世界」


 ヨハンの心臓が跳ねた。


「もっと後……?」


「私が魔王になったんじゃない」


 少女は扉に手を触れた。


「魔王にされたの」


 ゴゴゴゴゴ――。


 重い音を立てて、扉が開く。


 中には、広い謁見の間があった。


 その中央に、一人の少年が立っている。


 黒い髪。


 普通の服。


 武器も持っていない。


 ただ、震えながらこちらを見ていた。


「この人が……魔王?」


 ミレイユが呟く。


「ううん」


 少女が答える。


「この人は、最初の世界の勇者」


「え?」


 レオンが声を失った。


 少年はレオンを見る。


 そして、怯えたように後ずさった。


「また来たのか……」


 その声を聞いた瞬間。


 レオンが頭を押さえた。


「ぐっ……!」


「レオン!」


 ヨハンが駆け寄る。


「大丈夫……だ」


 レオンは苦しそうに顔を上げる。


「こいつを……知ってる」


 少年が泣きそうな顔で笑った。


「そうだよ」


 そして、少年は言った。


「俺が、お前だ」


 レオンの顔から血の気が引いた。


---


「俺が……最初の勇者?」


「そう」


 少年は頷いた。


「そして、お前が何度も生まれ変わっている」


「じゃあ、魔王は?」


 レオンが尋ねる。


 少年はヨハンを見る。


「彼女だよ」


 指差した先にいたのは――。


 最初の世界のシエル。


「違う!」


 ヨハンが叫ぶ。


「さっき、本人が違うと言っただろ!」


「そう」


 少年は頷く。


「彼女は魔王じゃない」


「だったら……」


「魔王になったのは、彼女の中に入ったものだ」


 シエルの表情が凍る。


「……世界の記憶?」


 少年は答えなかった。


 その代わり、ヨハンの右手を見つめる。


「鍵を持っているんだな」


「この印のことか?」


「ああ」


 少年は悲しそうに笑った。


「それが、全部の始まりだ」


 ヨハンの右手が熱くなる。


「どういうことだ?」


「お前がシエルを助けたからだ」


 ヨハンは言葉を失った。


「俺が……?」


「最初の世界で、シエルは死ぬはずだった」


 少女が俯く。


「私が殺される未来を、ヨハンが変えた」


「それで?」


「世界の運命が狂った」


 少女がヨハンを見る。


「だから世界は、私たちを何度もやり直させた」


 静寂が落ちる。


 ヨハンは拳を握った。


「じゃあ……俺がシエルを助けたことが、ループの原因なのか?」


「違う」


 少女は首を振った。


「原因は、その後」


「その後?」


「ヨハンが私を守り続けたこと」


 胸が締め付けられる。


 アベルの言葉が蘇った。


 ――もっと守れ。


 ――もっと愛せ。


 ――器が満ちれば、門は開く。


「まさか……」


 シエルが自分の胸を押さえた。


「私の中にあるものは、ヨハンが守ってきた記憶なの?」


「それだけじゃない」


 少年が答えた。


「世界そのものが、お前たちの関係を記憶している」


 その瞬間だった。


 城全体が揺れた。


 窓の外が赤く染まる。


 最初の世界には存在しなかったはずの黒い霧が、街を覆い始めた。


「何が起きてる?」


 ミレイユが叫ぶ。


 少女が顔を上げる。


「始まった」


「何が?」


「世界が、また終わろうとしている」


 ヨハンは窓の外を見る。


 大地が割れた。


 建物が崩れる。


 空に亀裂が走る。


 あの光景。


 何度も見た。


 前の人生でも見た。


「これが……最初の世界の終わり」


 レオンが聖剣を抜く。


「なら、止めればいい」


「無理だよ」


 少女が言う。


「もう始まっている」


「それでもやる」


 レオンは迷わなかった。


「俺は何度も失敗したんだろ?」


 聖剣を構える。


「だったら、今度こそ違う選択をする」


 ヨハンはレオンを見た。


 その姿が、少しだけ昔の記憶と重なった。


 最初の勇者。


 世界を救うために、自分の魂を聖剣へ捧げた少年。


「レオン」


「何だ?」


「お前は、魔王を倒さなくていい」


 レオンが笑った。


「ああ」


 そして、聖剣を構え直す。


「最初から、そのつもりだ」


 シエルがヨハンの手を握った。


「ヨハン」


「ん?」


「私も戦う」


「危険だ」


「分かってる」


 シエルは笑った。


「でも、今度は守られるだけじゃ嫌だから」


 ヨハンも笑う。


「ああ。一緒に行こう」


 その瞬間。


 城の最上階から鐘が鳴った。


 ゴーン――。


 ゴーン――。


 少女が顔を上げる。


「来る」


「誰が?」


 少女は答えなかった。


 城門の向こう。


 黒い霧の中から、一人の男が歩いてくる。


 灰色のローブ。


 若い顔。


 今まで見てきたアベルとは違う。


 それでも、ヨハンには分かった。


「……アベル」


 男が立ち止まる。


 そして笑った。


「久しぶりだな、ヨハン」


 ヨハンの右手が光る。


 アベルの手にも、同じ紋章が浮かび上がった。


「俺はずっと、お前を待っていた」


 アベルはそう言って、剣を抜いた。


「今度こそ――この世界を終わらせるためにな」


 最初の世界で、戦いが始まった。


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