第23話 聖女が見た未来
王都が見えてきた。
巨大な城壁。
その向こうには、王城の尖塔と大聖堂の白い屋根が見える。
以前の世界と変わらない景色だった。
けれど、俺にはまったく違って見えた。
前の世界では、この街に戻ってくるたびに歓迎された。
勇者レオンは英雄として迎えられ、俺たちは人々から祝福を受けた。
今は違う。
城門の前には、武装した兵士が並んでいる。
「やっぱり警戒されてるな」
レオンが呟く。
「王都中に俺たちの顔が知られていると思った方がいい」
俺はフードを深くかぶった。
「問題は、どうやって中へ入るかだ」
「正面から行くしかない」
レオンが言った。
「隠れて入っても、あとで疑われる」
「勇者本人が正面から入ったら、大騒ぎになるぞ」
「それでもいい」
レオンは聖剣の柄に手を置いた。
「俺は逃げているわけじゃない」
その言葉を聞いて、俺は笑った。
「そういうところは勇者らしいな」
「馬鹿にしてる?」
「褒めてる」
俺たちは城門へ向かった。
---
「止まれ!」
兵士が槍を構える。
「身分を示せ!」
レオンが前へ出た。
「勇者レオン・ヴァイスだ」
兵士たちの間にざわめきが走った。
「勇者……?」
「本物か?」
隊長らしき男が近づいてくる。
レオンが聖剣を見せた。
白い光が刃から漏れる。
「間違いない」
兵士たちは一斉に膝をついた。
「勇者様!」
レオンが困った顔をする。
「立ってくれ」
隊長が顔を上げた。
「王都へお戻りいただき、ありがとうございます」
「俺たちは大聖堂へ向かう」
「承知しました」
隊長は答えた。
「ただし……」
視線がシエルへ向く。
「その少女については、陛下から拘束命令が出ています」
レオンが一歩前へ出た。
「彼女には手を出すな」
「勇者様、これは王命です」
「俺が命じる」
聖剣が光った。
兵士たちが息を呑む。
「シエルは俺の仲間だ」
「……分かりました」
隊長は渋々道を開けた。
俺たちは王都へ入った。
その瞬間。
右手の紋章が熱くなった。
「ヨハン?」
「大丈夫だ」
俺は手を握る。
熱は、地下へ向かっている。
大聖堂。
間違いない。
---
大聖堂の前には、多くの人が集まっていた。
神官。
兵士。
そして。
白い服を着た女性たち。
「聖女様をお待ちしているの?」
ミレイユが尋ねる。
「いや」
俺は首を振った。
「エリシアは眠ったままだ」
「じゃあ、何を?」
答えようとしたとき。
鐘が鳴った。
大聖堂の鐘ではない。
地下から。
低い音が響いた。
ドン。
シエルが胸を押さえる。
「……痛い」
「シエル!」
俺が支える。
「大丈夫」
シエルは苦しそうに息をする。
「呼ばれてる」
「どこから?」
「地下」
その瞬間。
大聖堂の扉が開いた。
神官たちが一斉に外へ出てくる。
先頭に立つ男が叫んだ。
「勇者レオン様!」
「何だ?」
「聖女エリシア様がお目覚めになりました!」
俺は息を呑んだ。
エリシアが。
目を覚ました?
あまりにもタイミングが良すぎる。
「会わせてくれ」
レオンが言う。
「もちろんです」
神官が深く頭を下げる。
「ただし、条件があります」
「何だ?」
「シエルという少女を連れてこないこと」
レオンの顔が険しくなる。
「断る」
「勇者様!」
「彼女も一緒だ」
俺はレオンの肩に手を置いた。
「待て」
レオンが俺を見る。
「何かある」
「ああ」
俺も同じことを考えていた。
エリシアは俺たちを呼んでいる。
なのに。
シエルだけを排除しようとしている。
「俺とシエルは一緒に行く」
神官が困った顔をする。
「それは……」
「嫌なら帰る」
レオンが言った。
神官はしばらく黙った。
やがて。
「……分かりました」
俺たちは大聖堂の中へ入った。
---
最上階。
聖女の部屋。
そこに。
一人の少女が座っていた。
銀色の髪。
白い服。
青白い肌。
そして。
涙の跡が残った瞳。
「エリシア……」
シエルが呟く。
エリシアはシエルを見る。
その瞬間。
二人の間に白い光が走った。
「……シエル」
「あなた……」
シエルの身体が震える。
「私を知ってるの?」
エリシアは悲しそうに微笑んだ。
「知ってる」
「私の中に何を入れたの?」
部屋の空気が変わった。
神官たちがざわめく。
エリシアは静かに答えた。
「あなたを守るために必要だった」
「何から?」
「世界から」
シエルが息を呑む。
「世界?」
「あなたの中に入れたものは、魔王ではない」
俺はエリシアを見る。
「じゃあ、何なんだ?」
エリシアは俺へ視線を向けた。
「あなたが死んだ世界の残骸」
「……何?」
「世界が終わったときに生まれたもの」
エリシアの声は震えていた。
「人の魂。
記憶。
魔力。
そして、世界そのものの意思」
俺の背中に寒気が走った。
「それをシエルの中に封じた?」
「そう」
「なぜ?」
「あなたを待つために」
俺は言葉を失った。
エリシアは続ける。
「何度も世界は終わった」
「……やっぱり」
「勇者が魔王を倒すたびに、世界の境界が壊れた」
レオンが口を開く。
「じゃあ、魔王は?」
「魔王は原因ではありません」
エリシアはレオンを見た。
「結果です」
レオンの表情が変わる。
「俺が魔王を倒した結果?」
「そうです」
「だったら……」
レオンが聖剣を見る。
「俺は何をすればいい?」
エリシアは答えなかった。
その代わり。
俺を見た。
「ヨハン」
「何だ?」
「あなたがシエルを守れば、器は満ちます」
「知ってる」
「でも」
エリシアの目から涙が落ちる。
「守らなければ、シエルは消えます」
シエルが顔を上げた。
「私が?」
「あなたの記憶が消えていく」
「それって……」
「最後には、今のあなた自身がなくなる」
俺は拳を握った。
守っても駄目。
守らなくても駄目。
なら。
「どうすればいい?」
エリシアが答える。
「二人で、扉を開いてください」
「扉?」
「地下にある、四つの紋章の扉です」
俺の右手が熱くなる。
「俺とシエルで?」
「はい」
「何がある?」
エリシアは目を閉じた。
「あなたたちが、何度も失敗してきた理由があります」
そして。
「その扉の向こうに、最初の世界があります」
俺は息を呑んだ。
最初の世界。
すべての始まり。
そこへ行けば。
なぜ世界が繰り返されているのか分かる。
なぜシエルが器になったのかも。
なぜ俺が鍵なのかも。
すべて分かるかもしれない。
そのとき。
エリシアが突然、胸を押さえた。
「うっ……」
「エリシア?」
彼女の身体から黒い魔力が噴き出す。
シエルが叫んだ。
「違う!」
「何が?」
「これはエリシアじゃない!」
黒い魔力が部屋を覆う。
エリシアの目が赤く染まった。
「勇者よ」
声が変わった。
低く。
冷たい声。
「魔王を殺せ」
レオンが聖剣を抜く。
「何だと?」
「魔王を殺さなければ、世界は三日後に滅びる」
俺は凍りついた。
前の世界と同じ。
三日。
あのときも。
魔王を倒してから三日で世界が終わった。
エリシアが苦しそうに叫ぶ。
「聞かないで!」
赤い瞳がレオンを見る。
「シエルを殺せ!」
「違う!」
エリシア自身の声が戻る。
「それは私じゃない!」
黒い魔力が弾けた。
エリシアが倒れる。
シエルが駆け寄った。
「エリシア!」
その背後。
窓の外に人影があった。
灰色のローブ。
「アベル……!」
俺が叫ぶ。
男は笑った。
「ようやくここまで来たか」
アベルが手を上げる。
王都中の鐘が鳴り始めた。
大聖堂の地下から。
巨大な魔力が噴き上がる。
「始めよう」
アベルの声が響いた。
「最後の勇者と、最後の器の物語を」
そして。
王都の空が。
赤く染まった。
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