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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第21話 眠れる聖女

 王都へ向かう街道を、俺たちは歩いていた。


 王国軍との戦いから、まだ半日しか経っていない。


 追手が来る可能性を考えれば、馬を使いたかった。


 けれど、王都へ続く街道にはすでに兵士が配置されているらしい。


 目立つ移動は避けるしかなかった。


「本当に王都へ行くの?」


 シエルが隣を歩きながら尋ねる。


「ああ」


「捕まるかもしれないよ」


「その可能性は高いな」


「それでも?」


「それでもだ」


 俺は前を向いた。


「聖女エリシアが俺たちを知っているなら、本人に聞くしかない」


 シエルは黙った。


 しばらくして、小さな声を漏らす。


「私……その人を知ってる気がする」


「記憶にあるのか?」


「分からない」


 シエルは自分の胸に手を当てた。


「名前を聞いただけで、ここが痛くなる」


 俺はシエルを見る。


 彼女の顔は青ざめていた。


「無理に思い出さなくていい」


「ううん」


 シエルは首を振った。


「思い出さないといけない気がする」


 その言葉に、ミレイユが反応した。


「ヨハン」


「何だ?」


「シエルの魔力、さっきから少し変」


「どう変なんだ?」


「二つある」


 ミレイユはシエルを見つめた。


「いつものシエルの魔力とは別に、もう一つが動いてる」


「……またか」


 地下神殿で確認したものと同じだ。


「どんな感じだ?」


「前より近い」


「近い?」


「シエルの中にいるというより……」


 ミレイユが言葉を探す。


「シエルの記憶に重なってる感じ」


 俺は足を止めた。


「記憶に?」


「うん」


 シエルが振り返る。


「それなら、さっき見えたものも関係あるのかも」


「何が見えた?」


「小さな女の子」


「女の子?」


「私と同じくらいの年だった」


 シエルは目を閉じた。


「白い服を着てた」


「顔は?」


「見えなかった」


 そこでシエルが眉を寄せた。


「でも、その子が言ったの」


「何を?」


「『次は、あなたの番』って」


 嫌な予感がした。


 聖女エリシア。


 眠り続ける少女。


 シエルの記憶に現れた白い服の少女。


 何かが繋がっている。


---


 夕方。


 俺たちは小さな町に入った。


 宿を取るのは危険だった。


 そこで、ミレイユが知っている古い薬師の家に身を寄せることになった。


 家主の老人は、俺たちを見るなり驚いた。


「勇者様……?」


「声を抑えてください」


 ミレイユが口元に指を当てる。


「事情があるんです」


 老人は何も聞かずに、俺たちを中へ入れてくれた。


 夕食を済ませると、俺たちは地図を広げた。


「王都まで二日」


 レオンが言う。


「明日の朝には、王都の手前まで行ける」


「問題は門だな」


 俺が答える。


「王国軍が俺たちを探しているなら、正面から入るのは難しい」


「裏道を使う?」


 ミレイユが尋ねる。


「いや」


 俺は地図を指した。


「地下水路がある」


「知ってるの?」


「前の世界で使った」


 俺は言ってから気づいた。


 レオンも気づいたらしい。


「……また前の世界か」


「ああ」


「それなら使える」


 レオンが地図を見る。


「王都の中へ入って、大聖堂へ向かう」


「そうなる」


 シエルが地図を覗き込む。


 その瞬間。


「……ここ」


 シエルが指を置いた。


 王都の大聖堂。


「何かあるのか?」


「分からない」


 シエルは首を傾げる。


「でも、この場所……知ってる」


 俺は地図を見る。


 大聖堂の地下。


 そこには何も記されていない。


 けれど。


 右手の紋章が、微かに熱を持った。


「地下に何かある」


 俺が言う。


 レオンが顔を上げる。


「王都の大聖堂にも?」


「ああ」


 そのとき。


 家の外で鈴の音がした。


 小さな音だった。


 チリン。


 チリン。


 俺は立ち上がった。


「全員、動くな」


 窓へ近づく。


 外には誰もいない。


 ただ。


 街灯の下に、一枚の白い紙が落ちていた。


「ヨハン」


 シエルが不安そうに呼ぶ。


 俺は外へ出た。


 紙を拾う。


 そこには一行だけ書かれていた。


『聖女は、あなたを待っている』


 裏返す。


 もう一文あった。


『三年前にも、あなたを待っていた』


 息が止まった。


「……三年前?」


 俺は紙を握り締めた。


 十五歳の俺が、ここへ来たことはない。


 少なくとも。


 俺の記憶にはない。


 そのとき。


「ヨハン」


 背後からシエルの声がした。


 振り返る。


 シエルが立っている。


 彼女の目が赤く染まっていた。


「聖女を……知ってる」


「シエル?」


「私、思い出した」


 シエルの身体が震える。


「三年前じゃない」


「何?」


「もっと前」


 シエルが頭を押さえる。


「私が小さい頃……」


 突然。


 シエルの口から、聞いたことのない言葉がこぼれた。


 俺は凍りついた。


 以前、夢の中で聞いた言葉と同じだ。


 シエルが顔を上げる。


 その瞳から赤い光が消えていく。


「……エリシア」


 今度は、はっきりと名前を呼んだ。


「私を、封印した人」


 俺は言葉を失った。


「封印した?」


 レオンが聞き返す。


 シエルは頷いた。


「私の中に何かを入れたのも……たぶん、あの人」


 風が吹いた。


 紙が俺の手から離れ、夜の闇へ飛んでいく。


 その瞬間。


 王都の方角から、巨大な光が空へ伸びた。


 白い光だった。


 聖なる光。


 レオンの聖剣が震える。


「これは……」


 レオンが剣を見る。


 聖剣が勝手に王都の方向を向いていた。


 シエルが呟く。


「呼んでる」


「誰が?」


「エリシア」


 シエルは胸を押さえた。


「私を……起こそうとしてる」


---


 同じ頃。


 王都。


 大聖堂の最上階。


 白いベッドの上で、一人の少女が眠っていた。


 長い銀色の髪。


 閉じられた瞳。


 胸元には、聖女の証である白い紋章が浮かんでいる。


 その周囲には、何人もの神官が立っていた。


「まだ目を覚まされないのか?」


「はい」


「それなのに、予言だけは続いている」


 神官の一人が震える声で答えた。


「先ほども、お言葉がありました」


「何と?」


「『勇者が来る』と」


 神官たちが顔を見合わせる。


「そして?」


「『ヨハンを連れてきて』と」


 沈黙が落ちた。


 そのとき。


 眠っていた少女の唇が動いた。


「……シエル」


 神官たちが一斉に振り返る。


「シエルを……ここへ」


 少女の閉じた瞳から、一筋の涙が流れた。


「今度こそ……」


 その声は。


 どこかシエルに似ていた。


「世界を終わらせないで」


 次の瞬間。


 少女の胸元に浮かんでいた白い紋章が、黒く染まった。


 大聖堂の地下から。


 低い音が響く。


 ドン。


 ドン。


 ドン。


 まるで。


 巨大な何かが、目を覚まそうとしているように。


---


 王都まで、あと二日。


 俺たちはまだ知らなかった。


 大聖堂の地下で眠っているものが。


 魔王よりも古い存在だということを。


 そして。


 聖女エリシアが待っているのは。


 俺たちだけではない。


 俺の中にある「最後の鍵」もまた。


 彼女を目指して動き始めていた。


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