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魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります  作者: 水原伊織


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20/21

第20話 勇者が剣を向けた相手

 王国兵が一斉に走り出した。


「シエルは下がって!」


 ミレイユが叫ぶ。


 俺は剣を構えた。


 正面から来る兵士の剣を受け流す。


 金属音が響いた。


 相手の手首を叩き、剣を落とさせる。


「俺たちは敵じゃない!」


「王命だ!」


 別の兵士が襲いかかってくる。


 俺は横へ避け、その肩を剣の柄で打った。


 倒れた兵士を見て、胸が痛む。


 前の世界では。


 俺たちは王国に守られていた。


 勇者であるレオンは英雄だった。


 そのレオンが今。


 王国軍と戦っている。


「レオン!」


 前方で白い光が弾けた。


 レオンが聖剣を振り抜いている。


 兵士たちは吹き飛ばされたものの、誰一人として命を奪われていない。


「俺たちは戦うために来たんじゃない!」


 レオンが叫ぶ。


「シエルを渡せ!」


 隊長が怒鳴る。


「断る!」


 レオンは即答した。


「彼女が魔王の器だという証拠を見せろ!」


「王がそう判断された!」


「なら、その王に直接聞く!」


 レオンの言葉に、兵士たちの動きが止まった。


 隊長が顔を歪める。


「勇者が王命に逆らうのか?」


「逆らっているわけじゃない」


 レオンは聖剣を下ろした。


「確かめたいだけだ」


「ならば――」


 隊長が手を上げる。


「力ずくで連れていけ!」


 兵士たちが再び動き出す。


「話が通じないな」


 俺はため息をついた。


「ヨハン!」


 シエルが叫ぶ。


 その瞬間。


 地面が揺れた。


「何だ?」


 兵士たちも足を止める。


 地面に赤い亀裂が走った。


 一本。


 二本。


 三本。


「離れろ!」


 俺が叫んだ。


 亀裂から黒い魔力が噴き出す。


 兵士たちが悲鳴を上げた。


「魔物だ!」


 地面が盛り上がる。


 巨大な腕が地中から現れた。


 続いて頭。


 黒い鱗に覆われた魔物が姿を現す。


 俺は息を呑んだ。


「……こいつは」


 知っている。


 前の世界で。


 魔王城の近くに現れた魔物だ。


 ただし。


 こんな場所にはいなかった。


「ヨハン?」


「前の世界とは違う」


 魔物が咆哮する。


 王国兵が怯える。


「隊長!」


「陣形を組め!」


 兵士たちが魔物へ向かう。


 俺も走った。


「レオン!」


「分かってる!」


 聖剣が光る。


 レオンが魔物の腕を斬りつける。


 黒い血が飛び散った。


 魔物が怒り狂う。


「今だ!」


 俺は懐へ入り込む。


 魔物の胸元に剣を突き立てた。


 硬い。


 刃が途中で止まる。


「くっ……!」


 魔物が腕を振る。


 俺の身体が吹き飛んだ。


「ヨハン!」


 地面を転がる。


 肺から空気が抜けた。


 起き上がろうとした瞬間。


 巨大な影が目の前に迫っていた。


「間に合わない……!」


 そのとき。


「ヨハン!」


 シエルの声が響いた。


 青白い光が走る。


 魔物の動きが止まった。


 俺はその隙を逃さなかった。


 立ち上がり、魔物の首へ剣を振り抜く。


 レオンの聖剣が同時に閃いた。


 二つの光が交差する。


 魔物の身体が崩れ落ちた。


 静寂。


 誰も動かなかった。


 やがて。


 魔物の身体が黒い灰へ変わっていく。


 その灰の中から。


 小さな黒い石が転がり出た。


「……何だ、これ?」


 俺が拾い上げる。


 触れた瞬間。


 右手の紋章が反応した。


 熱い。


「ヨハン!」


 ミレイユが駆け寄る。


「手を離して!」


 言われる前に。


 黒い石が俺の手の中で砕けた。


 黒い煙が俺の腕へ入り込む。


「ぐっ……!」


 激しい痛みが走る。


 膝をついた。


「ヨハン!」


 シエルが俺のところへ来る。


 その手が俺の右手に触れた。


 痛みが消えた。


 代わりに。


 俺の頭の中に映像が流れ込んだ。


---


 真っ暗な場所。


 誰かがいる。


 一人ではない。


 何十人。


 何百人もの人間が、暗闇の中に立っている。


 全員が俺を見ている。


 その中央に。


 黒い服を着たシエルがいた。


「また……」


 俺は呟いた。


 シエルが俺を見る。


 そして。


「今度は間に合ったね」


 そう言った。


 次の瞬間。


 シエルの背後から、巨大な黒い影が現れた。


 俺は剣を抜こうとする。


 けれど。


 シエルが首を横に振った。


「斬らないで」


「何?」


「これを斬ったら……」


 シエルの目から涙が落ちる。


「また世界が終わる」


---


「ヨハン!」


 現実に引き戻された。


 目の前にはシエルがいる。


「大丈夫?」


「ああ……」


 俺は息を整える。


 頭の中に残った映像。


 黒いシエル。


 大量の人間。


 そして、巨大な影。


「何を見た?」


 レオンが尋ねる。


「……未来」


 俺は答えた。


「また、未来を見た」


---


 王国兵たちは戦意を失っていた。


 魔物との戦いを目の前で見たからだ。


 隊長も剣を収めた。


「……勇者殿」


「何だ?」


「我々も、あなた方を捕らえたいわけではありません」


「だったら?」


「命令があったのです」


 隊長は苦しそうに言う。


「王都から、あなた方を見つけたらシエルという少女を拘束しろと」


「誰の命令だ?」


「国王陛下です」


 レオンの顔が曇る。


「なぜ、そこまでシエルを?」


「それは……」


 隊長が言葉を濁す。


「王都では、すでに『魔王の器が見つかった』と発表されています」


 俺は嫌な予感がした。


「まだ証拠もないのに?」


「証拠があるかどうかは問題ではありません」


「どういう意味だ?」


「王都では――」


 隊長が声を落とす。


「聖女がそう告げたことになっています」


「聖女?」


 ミレイユが驚く。


「聖女エリシア様です」


 その名前を聞いた瞬間。


 シエルが固まった。


「……エリシア?」


「知ってるのか?」


 シエルは首を横に振る。


「知らない」


 それでも。


 胸元を押さえている。


「でも……」


「何だ?」


「その名前を聞くと、怖い」


 俺の右手の紋章が、また熱くなった。


 エリシア。


 エルシア。


 似ている。


 同じなのか?


 それとも別人なのか?


 分からない。


 隊長が続けた。


「聖女エリシア様は、三日前から王都の大聖堂で眠ったままです」


「眠ったまま?」


「はい」


「それなのに、どうしてシエルが魔王の器だと?」


 隊長は答えた。


「眠りながら、そう告げたからです」


 背筋が冷たくなった。


「そして」


 隊長が俺を見る。


「あなたの名前も告げたそうです」


「……俺の?」


「はい」


 嫌な予感が確信に変わっていく。


「聖女様はこう言ったそうです」


 隊長がゆっくり口を開く。


「『ヨハンが、またシエルを魔王にする』と」


 俺は言葉を失った。


 また。


 その言葉が頭から離れない。


 アベルだけじゃない。


 聖女まで。


 俺の前世を知っている。


 俺がシエルを守ることで魔王が生まれることを知っている。


 そして。


 俺たちを王都へ誘導しようとしている。


「ヨハン」


 レオンが俺を見る。


「どうする?」


 俺はしばらく考えた。


 王都へ戻れば、シエルが拘束される。


 逃げれば、王国から追われる。


 どちらを選んでも危険だ。


 それでも。


 一つだけ、確かめなければならないことがある。


「王都へ行く」


 シエルが驚く。


「私を渡すの?」


「違う」


 俺は首を横に振った。


「聖女エリシアに会う」


 アベル。


 魔王の器。


 未来のシエル。


 そして、前世の俺。


 すべてが一本の線で繋がり始めている。


 なら。


 その中心にいる人物を確かめるしかない。


「レオン」


「分かってる」


 レオンが聖剣を握る。


「シエルは渡さない」


 ミレイユも頷いた。


「私も一緒に行く」


 シエルが俺の隣に立つ。


「私も行く」


 俺は頷いた。


 四人で王都へ向かう。


 その夜。


 誰もいなくなった村の外れで。


 アベルが一人、空を見上げていた。


「勇者が王都へ戻る」


 その隣には、黒いローブを着た女が立っている。


「予定通りですね」


 アベルが頷く。


「聖女の準備は?」


「終わっています」


「なら、次は――」


 女が微笑む。


「勇者に、魔王を殺す理由を与えましょう」


 アベルは空を見た。


 赤い光が、また一つ灯る。


「今度こそ」


 静かな声が夜に消えた。


「勇者自身の手で、器を完成させる」


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