第十九話 王都の緊迫
王都に到着したレオンたちを待っていたのは、これまでにない緊迫した空気だった。
「勇者様、こちらへ」
案内された謁見の間には、国王だけでなく、神殿の高位聖職者たちが居並んでいた。
その中には、大司教アルデバランの姿もある。
「レオン殿、遠路よくぞ戻られた」
国王が、重々しい口調で切り出した。
「単刀直入に申そう。神殿より、由々しき報告が上がっている。曰く――貴殿の旅の同行者の中に、『魔王の器』となり得る存在がいる、と」
その言葉に、レオンの表情が硬くなった。
想定していた事態とはいえ、いざ面と向かって告げられると、覚悟していた以上の重みがあった。
「陛下、恐れながら申し上げます」
レオンは、まっすぐに国王を見据えた。
「その者は、シエルという私の幼馴染です。ですが、世界を滅ぼす意志など、微塵も持っていません」
「わかっておる。だが、意志の有無に関わらず、『器』が完全に目覚めれば、いずれ制御不能の脅威となる――それが、神殿の見解だ」
国王の言葉に、居並ぶ聖職者たちの一人が、進み出た。
壮年の、鋭い目つきをした男だった。
「畏れながら、陛下。私は、神殿の教義に基づき、意見を申し上げたい」
「フェリクス枢機卿、申せ」
名を呼ばれた男――フェリクスは、レオンを一瞥してから、冷たい声で続けた。
「魔王の器なる存在は、いかなる意志を持とうと、いずれ世界の均衡を脅かす災厄となる。過去の記録が、それを証明しております。今のうちに、然るべき処置を取るべきかと」
「処置、とは」
レオンが、声を低くして問い詰める。
「決まっておりましょう」
フェリクスは、感情の見えない目でレオンを見返した。
「勇者様の手で、その器を討伐していただくのです。それこそが、勇者に課せられた本来の使命」
「シエルは、討伐すべき化け物なんかじゃない!」
レオンが思わず声を荒げると、謁見の間の空気が張り詰めた。
「レオン殿の気持ちは理解できる」
その時、静かに口を開いたのは、アルデバランだった。
「幼馴染への情は、責められるものではない。だが、フェリクス卿の懸念にも、一理あることは否定できない」
「大司教様まで……」
ミレイユが、思わず声を漏らす。
「誤解なきよう」
アルデバランは、フェリクスとは対照的な、穏やかな口調で続けた。
「私は、拙速な討伐には反対の立場だ。だが、何の対策もなく事態を放置するわけにもいかない。だからこそ、こう提案したい」
アルデバランは、国王へと向き直った。
「陛下。この件について、私に猶予をいただけないでしょうか。器の目覚めを穏やかに導く方法を、私自身が調査いたします。それでもなお、危険が回避できないと判断されれば――そのときは、フェリクス卿の意見に従うことも、やむを得ないでしょう」
その言葉に、フェリクスは不満げに眉をひそめたが、あえて反論はしなかった。
「よかろう」
国王が、重々しく頷いた。
「アルデバラン殿の申し出を認める。ただし、猶予は無制限ではない。半年だ。半年のうちに、然るべき道筋を示せ。さもなくば、神殿の教義に従い、討伐を命じることとなる」
「拝命いたします」
アルデバランが、深く頭を下げた。
謁見が終わり、控えの間に下がったレオンたちの表情には、深い疲労と緊張が浮かんでいた。
「半年、か」
レオンが、拳を握りしめながら呟いた。
「それまでに、何とかしないと」
「幸い、大司教様が時間を稼いでくださいました」
ガイウスが、努めて冷静な声で言った。
「ですが、フェリクス卿のような強硬派が神殿内にいる以上、油断はできません。彼らが独自に動く可能性も、十分にあります」
「独自に、って」
「国王陛下の裁定を待たず、直接シエル殿に手を出す、ということです」
ガイウスの言葉に、ミレイユの顔から血の気が引いた。
「そんな……! 早く、ヨハンとシエルに知らせないと!」
「ああ」
レオンが、険しい表情で頷いた。
「今夜のうちに発とう。一刻も早く、二人のもとへ戻る」
王都の空には、いつの間にか、重たい雲が広がり始めていた。
その雲の下、控えの間を出たアルデバランは、一人、廊下の窓辺で立ち止まっていた。
「――半年、か」
小さく呟いた彼の表情には、これまで見せたことのない、深い憂慮の色が浮かんでいた。
「果たして、それだけの時間で、答えが見つかるかどうか」
窓の外に広がる王都の街並みを眺めながら、アルデバランは静かに目を閉じた。
(第二十話へ続く)




