第十八話 王都からの使者
霧の谷での一件から数日後。一行は、近隣の街で旅の疲れを癒しながら、今後の方針を練っていた。
「均衡の破壊者、か」
レオンが、宿の食堂で腕を組みながら呟いた。
「あの力、正直、俺一人でどうにかできる相手じゃなかった」
「私も同感です」
ガイウスが、持参した記録に目を通しながら頷いた。
「あの女性が何者なのか、まだ手がかりは少ないですが……少なくとも、只人ではないことは確かでしょう。人ならざる力の質を感じました」
「人ならざる、って」
ミレイユが、不安げに聞き返す。
「もしかして、魔族とか、そういう存在なんですか?」
「わかりません。ただ、可能性の一つとしては、考えておくべきかと」
その時、宿の入り口が慌ただしくなった。
「失礼します! 勇者レオン様は、こちらにいらっしゃいますか!」
王家の紋章をつけた騎士が、息を切らせながら食堂に駆け込んできた。
「俺がレオンだ。何があった」
「王都より、緊急の使者として参りました。国王陛下より、至急、王都へお戻りいただきたいとのことです」
「王都に? 何かあったのか」
騎士は、周囲を気にするように声を落とした。
「……ここでは、詳しくは申し上げられません。ですが、勇者様の旅の方針に関わる、重大な議題があるとのことです」
その言い方に、ヨハンは嫌な予感を覚えた。
「まさか、シエルのことが、もう神殿の上層部に伝わったのか?」
小声で尋ねると、ガイウスも険しい表情で頷いた。
「可能性は十分にあります。大司教アルデバラン様が、我々と接触したことは、いずれ神殿内部に知られるでしょう。彼が完全に秘密を守り通せるとは限りません」
「どうする、レオン」
ヨハンの問いに、レオンはしばらく考え込んでから答えた。
「行くしかないだろう。呼び出しを無視すれば、かえって疑いを招く」
「でも、シエルは……」
ミレイユが心配そうにシエルを見る。
「もし本当に、神殿の排除派が動いてるなら、シエルを王都に連れて行くのは危険すぎる」
「わかってる」
レオンは頷いた。
「だから、シエルとヨハンは、ここに残っていてくれ。俺とミレイユ、それにガイウスで王都に向かう」
「待って」
シエルが、慌てて口を挟んだ。
「私だけ、置いていかれるのは……」
「シエル」
ヨハンが、彼女の肩に手を置いた。
「レオンの言う通りだ。今、王都に戻るのは危険すぎる。ここは、レオンたちに任せよう」
「でも」
「大丈夫。何かあれば、すぐに連絡が来るようにする」
ガイウスが、安心させるように言った。
「私も同行し、状況を注意深く見極めます。何か不穏な動きがあれば、すぐに知らせますので」
しばしの押し問答の末、最終的にシエルも渋々ながら頷いた。
「わかった。でも、絶対に無理はしないで」
「約束する」
レオンが、力強く頷いた。
***
翌朝、レオン、ミレイユ、ガイウスの三人は、王都へ向けて出発した。
残されたヨハンとシエルは、街の外れにある小さな宿で、二人きりの時間を過ごすことになった。
「なんだか、変な感じ」
窓辺に座ったシエルが、ぽつりと呟いた。
「いつも一緒だったのに、急にレオンたちがいないと」
「心配なのは、当然だ」
ヨハンも、隣に腰を下ろした。
「だが、今のレオンなら、大丈夫だと思う。前回の生のレオンより、ずっと――」
言いかけて、ヨハンは言葉を選んだ。
「ずっと、周りのことを考えられる奴になってる。きっと、うまく立ち回ってくれるはずだ」
「そうだね」
シエルは、少しだけ表情を和らげた。
「ヨハンは、これからどうするつもり? 私と一緒に、ここで待ってるだけ?」
「いや」
ヨハンは、実は昨夜から考えていたことを、シエルに切り出すことにした。
「ミドルトンのギルド長が言っていた、他の魔物発生地点のこと、覚えてるか」
「うん。古代の遺跡が絡んでるって話」
「あの均衡の破壊者が、他の祭壇も探して回ってるとしたら――先回りして、少しでも多くの祭壇を守れないかと思ってる」
「私も手伝う」
シエルは、迷いなく言った。
「今なら、前より力もちゃんと制御できてるし、役に立てると思う」
「無理はするなよ」
「それは、こっちの台詞」
シエルは、少しだけいたずらっぽく笑った。
二人は、ギルド長からもらった資料と、ガイウスが残していった記録の写しを頼りに、近隣にある可能性のある遺跡の候補地を洗い出すことにした。
窓の外では、夕暮れの光が街並みを橙色に染めていた。
王都では、これから何が待ち受けているのか。
そして、均衡の破壊者は、次にどの祭壇を狙っているのか。
答えの出ない問いを抱えながらも、二人はできることから、一つずつ進めていくしかなかった。
(第十九話へ続く)




