第十五話 次なる旅路
ミドルトンの宿に戻った一行は、その夜、遅くまで今後の方針について話し合った。
「ガイウスさんが持ち出した記録、詳しく見せてもらってもいいですか」
ミレイユの言葉に、ガイウスは持参していた古びた羊皮紙の束をテーブルに広げた。
「これらは、神殿の禁書資料室に保管されていた断片的な記録です。完全な地図というわけではありませんが、いくつかの手がかりが残されています」
羊皮紙には、古代語で書かれた記述と、ところどころに簡略化された地形図が記されていた。
「これは……」
ヨハンは、その中の一枚に描かれた図案に見覚えがあった。前回の生で、一度だけ訪れたことのある土地の特徴と、よく似ている。
「『霧の谷』じゃないか、これ」
「ご存知でしたか」
ガイウスが、意外そうな顔をした。
「王都から北へ、馬車で五日ほどの場所にある谷だ。深い霧に覆われていて、めったに人が近づかない場所だったはずだ」
「記録によれば、その霧の谷の奥に、もう一つの『均衡の儀式場』があるとされています。ただし――」
ガイウスは、羊皮紙の端に記された一文を指し示した。
「この記録が書かれたのは、少なくとも百年以上前のこと。今もその祭壇が無事に残っているかどうかは、保証できません」
「行ってみる価値はある」
レオンが、迷いなく言い切った。
「他に手がかりがないなら、なおさらだ」
「賛成」
シエルも頷いた。
「もし本当に、その祭壇が私の力を穏やかに導いてくれるなら、行かない理由がないもの」
パーティの意見はまとまった。翌朝には、霧の谷を目指して出発することが決まった。
その夜、宿の部屋で荷物を整理していたヨハンのもとに、ガイウスが一人で訪ねてきた。
「少し、お伝えしておきたいことがあります」
「何だ?」
「先ほどの遺跡で、私も気配を感じました。誰かが、我々のやり取りを見ていた」
ヨハンの手が止まった。
「見られてた、って……」
「断定はできませんが、おそらく、あの人影の主でしょう。荒野で見かけた、丘の上の人物と同一人物かもしれません」
「魔物を操ってた奴、か」
「ええ。もしそうだとすれば、その人物は、我々がシエル殿の正体、そして祭壇の秘密について知ったことに気づいている可能性があります」
ヨハンは、重い息を吐いた。
「厄介なことになったな」
「同感です。ですが――」
ガイウスは、少し声を落として続けた。
「一つ、気になることがあります。あの人影から感じた気配は、悪意というより、むしろ――」
「むしろ?」
「興味、に近いものでした。まるで、我々の動向を、ただ観察しているような」
「お前と同じ、ってことか」
ヨハンの言葉に、ガイウスは苦笑した。
「そう言われると、否定はできませんね」
だが、その笑みはすぐに消え、ガイウスは真剣な表情に戻った。
「ですが、油断はできません。観察者だとしても、その目的が我々と同じとは限らない。むしろ、まったく別の――もしかすると、危険な思惑を持っている可能性もあります」
「気をつけろってことだな」
「はい。旅の間、私も引き続き警戒を続けます」
ガイウスが部屋を後にした後、ヨハンはしばらく一人、窓の外の夜空を見上げていた。
前回の生では、決して知ることのなかった真実の数々。均衡の儀式場、排除派、そして正体不明の観察者。
自分が時を戻ったことで、これまで見えなかった世界の裏側が、少しずつ姿を現し始めている。
――だが、それは同時に、前回の生よりも遥かに複雑な戦いが待っていることも意味していた。
「ヨハン、まだ起きてる?」
控えめなノックと共に、シエルの声が聞こえた。
「ああ、入ってくれ」
扉を開けて入ってきたシエルは、寝間着姿のまま、少し不安げな表情を浮かべていた。
「眠れなくて。明日から、また新しい場所に行くと思うと」
「怖いか?」
「うん、少し。でも――」
シエルは、ヨハンの隣に静かに腰を下ろした。
「一人じゃないから、大丈夫だと思う。ヨハンも、レオンも、ミレイユも、ガイウスさんも、みんないるから」
その言葉に、ヨハンは自然と頬が緩むのを感じた。
「ああ。誰も、お前を一人にはしない」
窓の外、月明かりに照らされた王都への街道が、静かに続いていた。
翌朝、一行は霧の谷を目指し、新たな旅路へと足を踏み出した。
これまでの「魔王討伐」の旅が、「対の均衡を守る」旅へと姿を変えて――物語は、まだ始まったばかりだった。
(第十六話へ続く)




