第十四話 勇者の答え
アルデバランが去った後、荒野の遺跡には、重い沈黙だけが残された。
「シエル……」
レオンは、何か言おうとして、しかし言葉が続かない様子だった。聖剣の勇者として、魔王を討つべき定めを背負った自分と、幼馴染であるシエルが「魔王の器」だという事実。その二つが、彼の中でうまく噛み合っていないのが、傍から見ても明らかだった。
「レオン、あの」
シエルが、不安そうに一歩踏み出す。
「怖い、よね。私のこと」
「――いや」
レオンは、大きく首を振った。
「怖くはない。ただ、混乱してる。今まで、魔王ってのは、どこか遠い場所にいる、得体のしれない化け物みたいなものだと思ってた。でも、シエルが――」
言葉を選びながら、レオンは続けた。
「昔から一緒にいた、シエルが、そうだって言われても、正直、実感が湧かない」
「レオン」
「一つだけ、聞かせてくれ」
レオンは、まっすぐにシエルを見た。
「お前は、世界を滅ぼしたいのか?」
その問いに、シエルは即座に首を振った。
「まさか。そんなこと、思ったこともない」
「だよな」
レオンは、少しだけ表情を緩めた。
「なら、俺の答えは変わらない。お前が世界を滅ぼしたいと思ってるわけじゃないなら、俺がお前を敵として討つ理由もない」
「でも、伝承では――」
「伝承がどうとか、正直、俺にはまだよくわからない。だが、少なくとも今、目の前にいるお前は、いつも通りのシエルだ。それだけで、俺には十分だ」
その言葉に、シエルの目から、堪えきれなくなった涙がこぼれた。
「レオン……ありがとう」
「泣くなよ。柄でもない」
レオンは照れくさそうに頭をかいてから、今度はヨハンへと視線を移した。
「それで、ヨハン。お前が知ってたっていう『前回の生』の話、ちゃんと聞かせてもらってもいいか」
「……ああ」
ヨハンは、一瞬迷ってから、覚悟を決めて頷いた。
もはや隠す理由はなかった。ここまで来た以上、レオンにも真実を伝えるべきだと、ヨハン自身、腹を括った。
その場で、ヨハンは改めて、レオンとミレイユに向けて、前回の生の記憶を語った。勇者選定の儀。魔王討伐の成功。そして、その三日後に訪れた世界の崩壊。
話を聞き終えたレオンは、しばらく黙り込んでいた。
「……つまり、俺が魔王を倒したら、世界が滅ぶってことか」
「前回の生では、そうだった。今回も同じ結末を辿るとは限らないが、可能性は高いと思ってる」
「だったら、俺は――」
レオンは、拳を強く握りしめた。
「魔王を倒さない、って選択肢もあるってことか」
「わからない。ただ、少なくとも、シエルを『排除すべき化け物』として討つことだけは、絶対に間違ってると思う」
「同感だ」
レオンは、迷いなく頷いた。
「元々、俺は誰かを助けるために勇者になったつもりだ。誰かを、しかも幼馴染を、意味もわからないまま殺すために剣を握ったわけじゃない」
その言葉に、ヨハンは胸を撫で下ろす思いだった。
前回の生では、レオンがどんな思いで魔王を討ったのか、ヨハンは知らない。だが少なくとも、今回のレオンは、真実を知った上で、シエルを守る側に立つことを選んでくれた。
「問題は」
ずっと状況を見守っていたミレイユが、静かに口を開いた。
「さっき大司教様が言ってた、神殿の『排除派』ってやつだよね。もしその人たちが、シエルの正体を知ったら」
「間違いなく、シエルを狙ってくるだろうな」
ヨハンが答えると、パーティ全体に緊張が走った。
「これからどうする?」
レオンの問いに、ヨハンは考えを巡らせた。
「一つ確かなのは、神殿――少なくとも、その一部の人間にとって、シエルは『敵』になり得るということだ。だとすれば、当面は神殿の目が届かない場所で、シエルの力について調べる必要がある」
「私からも、一つ提案があります」
これまで沈黙を保っていたガイウスが、口を開いた。
「先ほどの祭壇の話に戻りますが、こうした『均衡の儀式場』は、この大陸に他にも存在する可能性があります。もし、まだ破壊されていない祭壇が見つかれば――そこでシエル殿の力を、緩やかに導く手立てが見つかるかもしれません」
「他の祭壇の場所は、わかるのか?」
「正確な位置まではわかりませんが、私が神殿から持ち出した記録の中に、いくつか手がかりがあります。時間はかかりますが、探る価値はあるかと」
「わかった。それを、今後の旅の目的に加えよう」
レオンの決断に、一行は静かに頷いた。
これまでの「魔王討伐の旅」は、いつの間にか、まったく違う意味を持つ旅へと変わり始めていた。
魔王を倒す旅ではなく――魔王と呼ばれる存在と、勇者と呼ばれる存在が、共に生き延びる道を探す旅へと。
「よし、決まりだな」
レオンが、努めて明るい声で言った。
「とりあえず、次の街に戻ろう。この話は、腰を据えてもっと詰める必要がある」
一行は、崩れかけた祭壇を後にし、馬車へと戻っていった。
だが、その背後――祭壇の陰、誰の目にも留まらない暗がりに、一つの人影が潜んでいたことに、このときの彼らはまだ気づいていなかった。
人影は、一行が完全に立ち去るのを見届けてから、静かに呟いた。
「――『排除派』、か。随分と都合のいい呼び方をするものだ」
その声は、若い女のものだった。
人影は、崩れた祭壇の亀裂にそっと手を触れ、微かに笑った。
「この程度で、均衡が崩れるとでも思っているのかしら。まだまだ、序の口だというのに」
夕闇が、荒野の遺跡をゆっくりと包み込んでいった。
(第十五話へ続く)




