第13話 門の向こうの俺
門の向こうに立っていたのは、俺だった。
見間違えるはずがない。
黒く煤けた服。
頬に走る傷。
疲れ果てた顔。
そして、何よりも。
あの目。
世界が滅びる瞬間に、瓦礫の下から空を見上げていた俺の目だった。
「……俺?」
シエルが呟く。
俺は答えられない。
門の向こうにいる俺が、ゆっくり歩いてくる。
その足元には、燃えた街が広がっている。
空は赤い。
遠くでは山が崩れている。
俺が知っている世界の終わり。
その光景が、今こうして目の前にある。
「ヨハン」
レオンが俺の肩を掴んだ。
「どういうことだ?」
「分からない」
「本当に?」
「ああ」
俺は首を横に振った。
「俺はあんな場所から戻ってきた。ここにいる俺が本物だ」
門の向こうの俺が立ち止まる。
そして、こちらを見た。
「……よう」
声まで同じだった。
俺は息を呑む。
「お前は……誰だ?」
「お前だよ」
「違う」
「同じだ」
男――俺の姿をした何かが笑う。
「世界が滅びるところまで生きた、お前自身だ」
「俺はここにいる」
「今のお前はな」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
「どういう意味だ?」
「お前は死んだ」
「……ああ」
「そして戻った」
「そうだ」
「なら、分かるだろ?」
男が門の外を指差す。
「戻った先に、何もなかったら?」
俺は眉をひそめた。
「何?」
「お前が生きているこの世界は、本当にお前がいた世界なのか?」
頭の中が真っ白になる。
「……何を言っている」
「世界は一つとは限らない」
男が笑う。
「お前が過去へ戻った瞬間、別の未来が生まれた」
「なら、ここは……」
「お前が捨てた世界だ」
胸を殴られたような衝撃だった。
前世の世界。
あの滅びた世界。
俺は、あそこから逃げてきたのか?
「嘘だ」
俺は首を振る。
「俺が戻ったのは、この世界だ」
「証明できるか?」
「……」
「前の世界と今の世界が同じだと、どうやって証明する?」
答えられなかった。
男は満足そうに笑った。
「それでいい」
その瞬間。
レオンが前へ出た。
「くだらない話は終わりだ」
聖剣が輝く。
「お前が何者だろうと、シエルを狙うなら敵だ」
「勇者か」
男がレオンを見る。
「お前も変わらない」
「何?」
「最後には必ず、魔王を殺す」
レオンの表情が険しくなる。
「シエルは魔王じゃない」
「今はな」
男がシエルを見る。
「だから、まだ間に合う」
「何をするつもりだ!」
レオンが踏み込む。
聖剣が振り下ろされる。
男は避けなかった。
その身体を、門から伸びた黒い影が包み込む。
聖剣が影を切り裂いた。
男の姿が崩れていく。
「待て!」
俺は叫んだ。
「お前は何者なんだ!」
男は消えながら答えた。
「お前が一番よく知っている」
「……」
「俺は、お前が世界を救えなかった理由だ」
その言葉を最後に。
男の姿が消えた。
門が閉じる。
赤い空も。
燃える街も。
すべて消えた。
---
静寂が戻った。
俺はしばらく動けなかった。
「ヨハン」
シエルが近づいてくる。
「大丈夫?」
「ああ」
答えたものの、自信はなかった。
門の向こうにいた俺。
あれが本当に前世の俺なのか。
それとも、敵が作り出した偽物なのか。
まだ分からない。
「ヨハン」
レオンが言った。
「さっきの話」
「……何だ?」
「俺には分からないことだらけだ」
レオンは聖剣を収めた。
「それでも一つだけ分かった」
「何が?」
「お前は、この世界を本気で救おうとしている」
俺はレオンを見る。
「だったら、俺も協力する」
「レオン……」
「ただし」
レオンの目が真っ直ぐ俺を捉える。
「シエルに危険があるなら、俺は勇者として判断する」
その言葉の意味は分かっている。
シエルが本当に魔王になるなら。
レオンは彼女を殺す可能性がある。
「……分かった」
今は、それしか言えなかった。
---
俺たちは鉱山を出た。
外はもう朝だった。
結局、魔門を完全に破壊することはできなかった。
門そのものは消えた。
それでも、地下には黒い魔力が残っている。
ミレイユが振り返る。
「ヨハン」
「何だ?」
「シエルのことだけど」
「うん」
「さっきから、魔力の流れがおかしい」
俺はシエルを見る。
本人は疲れた様子で歩いている。
「どうおかしい?」
「治癒魔法をかけようとしたら、魔力が逃げていくの」
「逃げる?」
「ううん……違う」
ミレイユがシエルの手を取る。
「吸われてる」
「誰に?」
「分からない」
ミレイユが不安そうに眉を寄せる。
「でも、シエルの身体の中に何かがある」
俺は黙った。
やはり。
シエルの中には何かがいる。
そして、それは少しずつ目を覚ましている。
そのとき。
「ヨハン」
シエルが呼んだ。
「どうした?」
「私、思い出した」
「何を?」
シエルは立ち止まった。
「夢の中で聞いた名前」
俺は息を止める。
「どんな名前だった?」
シエルはしばらく迷ったあと。
小さな声で答えた。
「エルシア」
「……エルシア?」
「うん」
その名前を聞いた瞬間。
レオンの聖剣が震えた。
――カタカタカタ。
全員が聖剣を見る。
そして。
シエルの胸元から、赤い光が漏れた。
「シエル!」
俺が駆け寄る。
シエルは胸を押さえながら、苦しそうに呟いた。
「違う……」
「何が?」
「私が呼ばれてるんじゃない」
「じゃあ、誰が?」
シエルが顔を上げた。
その瞳は、青い。
いつものシエルの瞳だった。
けれど。
その声は、いつものシエルとは違った。
「魔王が……私を呼んでる」
俺たちは言葉を失った。
その直後。
遠くの空で。
黒い稲妻が落ちた。
まだ朝だというのに。
空の一部だけが、赤く染まり始めていた。
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