第十一話 冒険者ギルドの情報
魔物討伐の翌日、一行はミドルトンの冒険者ギルドを訪れていた。
「昨日は本当に助かった。おかげで街への被害はゼロで済んだよ」
応対に出てきたギルド長は、レオンたちに深々と頭を下げた。恰幅のいい初老の男で、長年の実戦経験を感じさせる、鍛えられた腕をしていた。
「礼はいい。それより、聞きたいことがある」
レオンが本題を切り出す。
「昨日の魔物の大群、あれは一体何だったんだ。通常はありえない規模だったと聞いたが」
ギルド長の表情が、途端に曇った。
「実はな……ここ最近、周辺一帯でおかしなことが続いてるんだ」
「おかしなこと?」
「魔物の異常発生は、今回が初めてじゃない。この一月ほどで、三度目だ。しかも、発生する度に規模が大きくなっている」
ヨハンは思わず身を乗り出した。
「発生場所に、何か共通点は?」
「ある。どれも、古い遺跡や祭壇の近くだ」
ギルド長は、壁に貼られた地図を指し示した。ミドルトンの周辺、いくつかの地点に印がつけられている。
「この印が、過去の発生地点だ。全部、大昔の――それこそ、勇者と魔王の伝承が生まれるよりずっと前の、古代文明の遺跡なんだよ」
「古代文明の、遺跡……」
ヨハンの脳裏に、ガイウスから伝えられたという禁書の一節が蘇った。「魔王とは、世界そのものが生み出す、対の存在である」――もし、その原理そのものが、こうした古代の遺跡と関係しているのだとしたら。
「昨日、発生現場の近くに人影を見た。魔物を統率しているように見えたんだが、心当たりは?」
レオンの問いに、ギルド長は険しい顔をした。
「実は、その噂も出ている。『魔物使い』と呼ばれる何者かが、裏で糸を引いているんじゃないかって。冒険者の間じゃ、専らその話で持ちきりだ」
「魔物使い……」
「証拠はまだ何もない。だが、もし本当にそんな人物がいるなら、次の発生地点も予測できるかもしれん」
ギルド長は地図の一点――印のついていない、街の北西に位置する場所を指し示した。
「ここには、まだ本格的に調査されていない遺跡がある。地元じゃ『沈黙の祭壇』と呼ばれてる場所だ。もし『魔物使い』とやらが遺跡を狙っているなら、次はここが怪しい」
レオンは真剣な表情で頷いた。
「そこを調べてみる」
「待て、勇者様。素人が単独で行くには、かなり危険な場所だ。うちのギルドから、腕利きの案内人をつけよう」
ギルド長の提案で、翌日の朝、一行に一人の案内人が加わることになった。
***
翌朝、宿の前に現れた案内人を見て、ヨハンは息を呑んだ。
「よろしくお願いします。案内を担当させていただきます」
柔和な笑みを浮かべたその人物は――ガイウスだった。
「お前……!」
思わず声を上げたヨハンを、ガイウスは目配せで制した。
「初めまして、と言うべきでしょうか。ヨハン殿」
あくまで初対面を装う口調に、ヨハンはすぐに事情を察した。この場では、素性を明かすつもりはないのだろう。
「え、二人は知り合いなの?」
レオンが不思議そうに聞いてくる。
「い、いや。噂で聞いたことがあるだけだ。腕利きの案内人がいるって」
ヨハンが慌てて誤魔化すと、ガイウスは満足そうに小さく頷いた。
「光栄です。それでは、早速ですが向かいましょうか。『沈黙の祭壇』まで、馬車で半日ほどかかります」
一行は準備を整え、遺跡へと出発した。
馬車の中、ヨハンはガイウスにこっそりと耳打ちした。
「どうしてお前が、ここに」
「昨日の魔物騒動、私も現場近くにいましてね。あの規模の異変となると、さすがに黙って見ているわけにはいかず。冒険者ギルドに『腕利きの案内人』として顔を出したのは、正直、多少強引な手段でしたが」
「魔物使いについて、何か知ってるのか」
「一つ、心当たりがあります」
ガイウスは声を潜め、周囲に他の乗客がいないことを確認してから続けた。
「先ほどお話にあった古代遺跡――あれらは、かつて『対の器』を封じるために作られた施設なのではないか、と私は考えています」
「対の器? つまり、過去にも魔王の器が存在していて、それを封じ込めるための遺跡ということか」
「その可能性が高いかと。もし遺跡そのものに、封印の力が残っているのだとすれば――」
「その力が、暴走している?」
「あるいは、誰かが意図的に封印を解こうとしている、とも考えられます」
ヨハンの背筋に、冷たいものが走った。
もし本当に、誰かが古代の封印を意図的に解こうとしているのだとすれば、その目的は何なのか。
シエルの目覚めと、何か関係があるのだろうか。
「シエルのことは……」
「ご安心を。彼女の正体については、私からレオン殿に漏らすことは決してありません」
ガイウスはそう言い切ってから、少しだけ表情を和らげた。
「ですが、ヨハン殿。この遺跡の調査は、彼女にとっても無関係ではないかもしれません。心の準備だけは、しておいた方がいいでしょう」
馬車は、乾いた土埃を巻き上げながら、街道を進んでいく。
窓の外に広がる荒野の彼方に、やがて、崩れかけた古代の石柱が見え始めた。
(第十二話へ続く)




