夢の果てに求めしは⑮
帰宅ラッシュの雑踏。
見慣れた景色。
自動改札を通り抜け、俺は深く心の底から息を吐き出した。
「やっと着いた」
夏至は過ぎて日は長くなった筈だが、空は夕焼けの色に染まっていた。
もう二度と高速バスには乗らない。
そんな誓いを立てようかと思うほど散々だった。
平日の閑散期だから定刻通りと甘く見積もったが、現実は事故渋滞で二時間以上の遅延。
都心のターミナルから快速電車を乗り継ぐも、全ては徒労に終わった。
文化祭のクラス演劇。
見たかったなぁ。
こんな事なら、母の作った昼食を食べてからバスに乗れば良かった。
さっさと家に帰りたいところではあるが。
荷物持ちは今いずこ?
到着時刻をメールで通知したのだが。
「由喜ちゃん。お疲れ様」
いつの間にやら春佳が真横に立っていた。
「出迎えご苦労様」
「お爺ちゃん、どうだった?」
「判りやすく言えば、ガッツで復活した」
体力が一桁だから、追い打ちが来たら昇天するだろう。
「え? がっつ?」
「別の例えをするなら、魚雷で大破したがシフト機関配置で助かった感じかな」
「もっと判らないよっ?!」
少々マニアック過ぎたか。
西村さんや志摩さんなら今ので納得するのだが。
「とりあえず、お爺ちゃん助かったんでしょ? 生きているなら良いじゃない」
「それは否定しない」
俺がこの姿で遺産相続の協議とか御免被りたい。
「お母さんは?」
「明日か、明後日には帰って来ると思う。流石に蜻蛉返りはキツイからね」
予定がなく懐に余裕があれば、温泉にでも一泊したかった。
「春佳姉さん。これ上げる」
「へ?」
重い紙袋を娘へと押し付けた。
「お婆ちゃんから、春佳によろしくって」
お菓子やら果物やら手渡された食料品の数々。
「こんなにも?」
「遠慮するのも悪いしさ」
やっと荷物が軽くなった。
前の姿ならともかく、女の細腕には思いのほかキツかった。
「もしかして、わたしを駅に呼び出した理由って、これなの?」
その通りでございますと、俺は深く頷いた。
「春佳姉さんは何だと思ったの?」
「てっきり外食でもするのかと」
長旅に疲労困憊している身としては、可能ならそうしたいのだが。
「そんな余裕、我が家にはないよ。何せ出費が嵩んだから」
二人分の往復交通費に見舞い金。財布を裏返したら小銭しか出ない状況。
「私は今日、疲れているから。夕飯を代わりに…」
「わたしも仕事で疲れたぁ~」
こういう時だけ返事が早いな。
「春佳姉さん。少しは料理を覚えようよ。結婚してから苦労するよ?」
「わたし、暫く独身でいるし」
「それだと困るんだよ」
「なんで?」
ひ孫の顔を約束したから。
などと口に出したら、ヘソを曲げるに違いない。
「じゃぁ、すぐに作れそうな食材を買って行こう」
駅ビルにある食料品売り場を指差した。
この時間だと、弁当とか安くなる前だしな。
「今日、家でご飯炊いた?」
「炊いてないけど、二人分くらいなら冷凍のがあった筈」
ならば、おかずだけで良いか。
入り口で買い物籠を手に取り、店員の呼び声が賑やかな店内へ。
夕飯時なせいか、それなりに混雑していた。
「姉さん、何が食べたい?」
「肉」
「直球だな」
たまには唐揚げも良いなぁ。
総菜を買うのが手軽だけど、出来れば揚げたてを食べたい。かといって今から家で、油を使う気力はなかった。
「鶏と豚、どっちが良い?」
「牛肉は?」
「今、高いだろ」
お買い得価格なら良いが。
淡い期待を抱きながら精肉コーナーへ。
「焼きそばは?」
「それでも良いよ」
作ってくれるならと、後に言葉が続きそう。
今日は豚肉が特売か。
「久し振りに、豚バラが…………」
そうだ。
忘れていた。
「由喜ちゃん? どうかした?」
「作らなきゃ、いけない物があった」
安いけど皮付きじゃないか。
まぁ、文句は言うまい。
俺は手を伸ばし、ブロック肉のパックを籠の中へと放り込んだ。




