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栗田さんの憂鬱な美少女生活  作者: 黒田如風


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夢の果てに求めしは⑯


 こんなものかな?


「寝癖……なし」


 ヘアブラシを置き鏡の前で髪型を念入りに確認。

 今日は文化祭の二日目。

 一般公開はしていないが、保護者の父兄《ふけい》が参観に来る。

 恥ずかしくないように身支度《みじたく》 を。

 そんな事を真面目に考えるあたり、身も心も少女らしくなったと言うべきか。

 しかし。

 あらためて見ると流石は女子中学生の肌。

 スベスベとして弾力があって色白だけど、ほんのり赤みがさして。

 鏡に向かい少し笑ってみた。ついでにポーズも。

 うん、可愛い。

 我ながら、なかなかの美少女ではないか。

 ストレートの長い黒髪。細めだが適度にふくよかな胸元。腰のくびれからお尻へと広がる丸み。

 悪くない。悪くないぞ。

 教室で男子の目を惹くには充分な魅力。

 それは間違いないのだが。

 じゃぁ、昔の俺は……………。

 忘れろ。

 事あるごとに過去のトラウマを掘り返すのは悪い癖だ。

 頭を振り、浮かび上がった記憶を打ち消す。


「ありゃ」


 せっかく纏まっていた髪が、今ので少し乱れた。

 慌てて垂れた前髪を修正。

 多分、これで大丈夫な筈だが、出来れば客観的な意見も欲しい。

 もう、起きてるかな?


「姉さん?」


 扉を開け室内を覗くが、もぬけの殻。

 いつ出掛けた?

 今週は遅番の筈だが、いない者は仕方あるまい。

 朝食を作る手間が一人分省(はぶ)けた。

 俺だけなら、パンと飲み物だけで良かろう。

 今、何があったかな?

 キッチンの冷蔵庫を開け中身を物色。

 牛乳で良いや。

 紙パックからマグカップに注ぎ電子レンジへ。

 気兼ねなく飲めるのは嬉しい限り。

 本来の身体だと、必ずお腹の調子が悪くなったからなぁ。

 ホットミルクが出来上がる待ち時間、スマホを起動させてメールチェック。

 …………なんか、着信多くね?

 文化祭、一日目を休んだからか。

 この文面を全部読むのは正直苦痛だが、見ないと更に面倒な事になるから如何《いかん》ともしがたい。

 俺の学生時代に比べ、今の若者は気苦労が多い事で。


「クラス演劇は好評に終わりました、か」


 まぁ、そうだろうな。

 バターと塩味の効いたクロワッサンを口にしながら、液晶を流し読み。

 画像も添付されているが、やはり動画で見たいなぁ。

 担任は撮っていそうだけど頼むのは気が引けた。

 温め終了を告げるベルの音。

 電子レンジから牛乳を取り出し、ラップを………やべ、熱くし過ぎた。


「ん? 誰だコレ?」


 見慣れないアカウントだと思ったら、角田さんか。

 ご丁寧に演劇の結果報告と、脚本に対する感謝の言葉。

 後のフォローまで入れるのは流石だと思う。きっと主要関係者には同様のメールを送っているのだろう。

 褒められ分には素直に嬉しいけれど。


「ウチの部長が是非一度、栗田さんとお話しをしたい、だと?」


 冗談じゃない。

 あの子、俺を何が何でも演劇部へ入部させたいらしい。

 好きじゃないんだよなぁ、あの独特の空気。文化系だが、ノリが体育会系に近いから。

 とは言え、無視するわけにも行かず。

 適当な返信でお茶を濁すか。


「本日の演劇も、楽しみにしています」


 残念ながら雨模様ですが………。

 文面を打ち込み、チラリと視線を窓の外へ。

 土砂降りではないが傘は必須。午後は止むらしいけど。

 文化祭の二日目。演劇部の公演日。皆この日のために練習を積み重ねていた。可能なら多くの人に見て欲しいと思う。

 ただ、角田組の脚本は俺のオリジナル作品。

 どのように評価されるのか、その点だけが心配だった。






「うわ……」


 予想より激しい雨脚《あまあし》。

 マンションから足を踏み出すのを、一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。

 風も少し強い。

 油断すると持っている傘を飛ばされそうになる。

 台風の影響とニュースで見たような。

 そのせいか雲の流れが速かった。

 スカートと靴が風雨で容赦なく濡れる。

 木村さんには交差点で待たず、先に行くようメッセージを飛ばした。

 いつも律儀に待っているから。

 学校まで後、半分。

 雨の勢いが少し弱めに。

 道すがら、色取り取りの傘の花が咲いていた。

 色や絵柄の指定がないから、女子はお気に入りの物を選ぶ。

 綺麗だなと思いながら、水溜まりと化したアスファルトを歩いた。






「今日は大丈夫なんか?」

「うん。だから学校へ来たんだよ」


 学校の玄関。

 靴箱の脇で濡れた部分をハンカチで拭いた。


「三川君。もしかして待たせた?」

「いや、オレも今来たところだ」


 お約束の会話だな。

 本当の事かもしれんけど。


「悪いね。呼び出して」


 家を出る時、木村さんと同時に、彼にもメールを送信していた。


「オレに用件って何だ?」

「渡したい物があってさ。教室だと色々と面倒だから」


 鞄と一緒に持って来た手提げ袋を、三川君へと押し付けた。


「コレは?」

「君が望んだ物だよ」

「オレが? いつ?」


 やはり、コイツは忘れていたか。


「以前にスーパーで、私にお願いしただろ? それを作って欲しいと」

「え? あ? そっか、豚の角煮かっ!」


 ようやく思い出したか。


「傷《いた》まないよう、断熱袋に保冷剤を大量に入れといた」


 今日は雨で気温が低いから、家に帰り着くまで持つだろう。しこたま重かったけど。


「これ、もらって良いんか?」

「そう思うなら、最初から頼むな」


 食材を買ってから調理するまで、その苦労を懇々と説明しても良かったが、愚痴になるので喉元へ押し留めた。


「帰宅したら必ず一度火を通して欲しい。豚肉は熱い方が美味しいし」

「マジで、ありがとうな。つーか、本当に悪い」

「気にしなくて良いよ。御礼とかも要らない」

「でもよぉ………」


 更に言葉を続けようとする彼を、俺は手を上げ制止した。


「なんだ、なんだ? 今日は二人で登校か? いいねぇ、彼女のいる奴はっ!」


 横槍のように割り入る冷やかしの声。


「ち、ちげぇ~よっ! たまたま玄関で一緒になったんだっ!」

「はい、はい。そういう事にしておきましょうかねぇ~」

「おい古村っ! ちげぇ~と言ってんだろうがっ!」


 賑やかに遠ざかる二人の背中。

 立ち止まったまま見送った。


「君との約束。ちゃんと守ったよ………」


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