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栗田さんの憂鬱な美少女生活  作者: 黒田如風


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焼き肉を食べるような関係

「追加は上カルビで良いかな?」

「パインさんにお任せします」


 炭火で炙る牛肉。

 網の上から牛脂が垂れる度に、鈍い音を立て炎が上がる。

 制服で来たのは失敗だったな。

 コンロは無煙仕様だが、布地に臭いが残りそう。


「前から思っていたけど、君の度胸には敬服するよ」

「そう、ですか?」

「男に酷い目に遭っておきながら、私と二人だけで会おうなんて。普通の女子なら、男性恐怖症になるような事案だよ」

「もう慣れました。正確には、この姿になってから、ずっと対人恐怖症なので」


 いつ、男に戻るか判らない。

 その不安に毎日怯えながら生きているのだから。


「正直に言えば、私はパインさんを全面的に信頼していません。なので、対策もしています」


 あくまで保険程度に過ぎないのだが。


「信頼しつつ、疑うか。実に君らしい考え方だ」


 愉快とばかりに、口元に手を当て笑った。

 パインさんの性別が反転したのは一年以上前。ごく普通の男性としか思えない身のこなしだが。

 時折、女性だった頃の片鱗が垣間かいま見えた。


「セーラー服姿の女子中学生と食べる焼き肉。まるでパパ活のようだねぇ」

「まるでというより、そのものでは?」


 半個室だから、周囲の視線を気にせず済むので、その点は気楽だけど。


「君がいきなり会いたいと言うからさ。これくらいは持て成さないと」

「奢って戴けるのは嬉しいのですが、正直、後が怖いです」


 どう考えても、一人壱万円くらいの高級店。

 一体何を期待されているのやら。


「そうかしこまらないの。君が今日もたらした情報は、それだけの価値がある」

「高評価を戴けて幸いです」

「早く私に伝えたくて、わざわざ学校帰りに来てくれるとはね」


 前回、定期的に行うと決めた情報交換。

 当初は休日に会う予定だった。


「コッチまで出て来る用事もあったもので。働いていない学生の身分では、交通費を少しでも節約したく」

「では君に交通費を支給したら、気軽に会ってくれるのかい?」

「それって、ご飯付きですよねぇ」

「もちろん」

「餌付けですか? ご遠慮します」


 焼き上がったタン塩に、レモンを絞りながら言っても、説得力に欠ける気がした。

 これで、ビールが飲めたらなぁと、毎度ながらに思う。


「私から今出せる情報は、先程で全てです」


 次はパインさんの番ですよと目で促しながら、肉で包んだ白米を口にした。


「君の努力に釣り合うか不明だが、用意はして来たよ」


 懐から紙片を取り出すと、広げて見せた。


「これは?」

「ネット上で確認した、性別反転者の情報さ。日付順に並べてある」


 大まかな書き込み内容、日時、発信者が一覧表になっていた。


「一番多かったのは去年の冬。私と君の性別が変わった時だ。だが、それ以後、増えてもいないし、減ってもいない」

「確かに」


 宇垣さんの資料と似た内容だが、統計に重点が置かれていた。


「君は、奇妙だと思わないか?」

「何がです?」

「性別の反転後、元の姿へ戻る者はそれなりにいる筈だ。なのに情報の頻度は一定。これは何を意味する?」


 元の性別に戻れば、それ以後に情報を発信する必要はない。

 だが、そうでないとするならば。


「性別反転者が増えている?」

「それだと、情報も増え続ける筈だ」

「ならば………人数は変わっていないと?」


 ご名答と、パインは笑顔を浮かべながら、焼き上がったロース肉をコチラのお皿に置いた。


「君が酷い目に遭った……サツキ君だっけ? 彼は元に戻るだろうと予想していたよね?」

「つまり、あの人が女性に戻れば欠員が生じ、募集が行われる筈………と?」


 情報を脳裏でまとめながら烏龍茶を流し込んだ。

 冷たい液体が喉元から胃の中へ、ゆっくりと流れ落ちた。


「私のログイン画面だが、君の言う通り背景の色が違う。システムは同じでも、アドレスは違うという事だ」

「初期登録のログイン画面を探すなら、新規で見付ける他ないか」

「早い者勝ちだねぇ」


 クスクスとパインさんは笑った。

 悪戯を仕掛ける子供のように。


「念のため、確認しておきます」


 スマホを取り出し、ロック画面を解除した。


「何を調べるのかな?」

「五月さんが女性に戻ったのか……ですよ。もし男のままなら骨折り損ですし」


 文面は適当で良かろう。

 本人を心配する内容と、今の状況確認。

 あれから互いに連絡はしていないのだが、何かしらの返信はあるだろう。


「随分と熱心だが。そんなに女性の体は嫌かい?」

「いえ。暫くはこのままでも良いのですが、手段は確保しておきたくて」


 ある種の保険というべきか。

 役に立つかは不明だが。


「送信完了。動きがありましたら、また連絡します」


 トングを手に取り、追加で運ばれたお肉を網の上へ。

 主要な用件は済んだ。

 後は肉を食べて帰るだけ。


「一つ、尋ねても良いかい?」

「ん?」


 肉を噛み締めながら、良いですよと頷いた。


「私と会うために対策をしたと聞いたが。それは、どんな内容かな?」

「種明かしをしたら、意味ないと思いますけど」


 苦笑しつつ、鞄から紙袋を取り出した。


「これは……薬?」

「低用量ピル。避妊薬です」


 パインさんは瞬きしつつ、袋に書かれた薬剤の名前を指でなぞった。


「よく手に入ったね。処方箋が必要だろ?」

「家族にお願いしました。コチラまで来たのも、コレを受け取るためです」


 娘の春佳はかなり嫌がったが、強引に拝み倒した。

 父親が妊娠という訳の判らない事態は、流石に考えたくないらしい。

 これが少しでも早く欲しくて、学校から制服のまま電車へ駆け込んだ。


「なるほど。もし何かあったとしても、男には戻れると」

「毎月の頭痛も軽減されたら良いなぁと、思っています」


 薬の副作用もあるだろうから、服用してみないと判らないが。


「君がこれを飲むのなら、安心して出来るね」

「何がですか?」


 判り切った事を敢えて尋ねた。


「若い男女でする事と言えは、一つだろ?」

「どう考えても事案でしょ。前科者になりたいのですか?」


 想定通りの答えと言うべきか。

 自分のどこが、そんなに気に入ったのやら。


「ん?」


 個室内に響くメールの着信音。

 液晶画面を素早くタップ。

 表示された内容を一読。


「やはり、五月さんは女に戻ったそうです」

「では、楽しいログイン競争の始まりだね」


 難易度を考えると、むしろ憂鬱というべきか。


「私も協力しようと………と言いたいところだが。すまない。急ぎの仕事があってね」

「構いませんよ。この焼き肉だけで充分です」

「食後のデザートは?」

「遠慮なく戴きます」


 さて。

 どのようにログイン画面を検索しよう。

 宇垣さんは協力してくれると思うが。

 果たして、このためだけに学校を休むべきか。

 デザートのメニュー表を眺めながら、暫し悩んだ。


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