3-18
突然の上級生の登場にシルビアを囲っていた女生徒たちはビクリと肩を震わせた。私たちより爵位の低い令嬢たちに囲まれ、目を逸らしながらも震えている彼女の体を見て目を細める。
「シルビア……。これは一体どういうことなの? どうして私の妹がこんな目に遭っているのかしら?」
私が再度声を上げると、今度は彼女たちも目を逸らし下を向いて黙ってしまった。誰もその理由を口にする気はないらしい。
ああ、イライラする。
しかし、公爵令嬢をいじめるような馬鹿げたことをなぜ彼女たちはしたのかしら。気づかれれば、両親からのお咎めだけでは済まない可能性だってあるのは分かり切っているのに。
これは裏で手を引いているものがいるわね。
「あら、私のしたことになにか不満でもあるのかしら?」
いかにも傲慢そうな声が聞こえそちらの方へ振り向く。
そこにいたのは、髪を両サイドで結んだ所謂ツインテールの可愛らしい女生徒だった。少し離れた木に背を凭れ両腕を組んでおり、見るからに彼女が中心となっていじめをしていたのは明確だ。
「シャルロット姫殿下……」
王族である彼女がまさかこんなことをしているなんて、一体どういうつもりなのだろう。呆れてため息も出ないわ。しかも、まさか自分から名乗りを上げるなんて。相変わらず莫迦な子。
しかしこの口の利き方は。まさかここがまだ自分のお城の中とでも思っているのかしら。はぁ、まったく困ったお姫様だこと。
「口を慎みなさい。この学院に所属した以上、あなたは私の後輩なの。いくら私よりも地位が上だとしても、私に敬意を示すのは当然なのではないかしら? よもや、そういう基本的なこともできないなんて言わないわよね」
「王族ともあろう人が」と最後に付け加えると、彼女の顔は徐々に歪んでいく。
くやしさからか、親指の爪まで噛んで。お行儀も悪いわ。お姫様がこんな有様じゃこの国の未来が心配になるわね。
「本当に……。目障りな女っ!」
「今、私が言った言葉も理解できないのですか?」
追い打ちをかけるように彼女を追い込むと、今度こそ怒りが頂点に達したらしく、私をキッと睨みつけた。その視線を冷たい瞳で受け止めると少し怯んだらしい彼女は狼狽しながら、取り巻き達を自分の方へ引き寄せた。
「まぁ良いですわ。私にそんな口の利き方をしたこと、後で後悔させてあげますから。覚悟しておいてくださいましねっ!」
とってつけたような敬語に、まるで敬意は感じないのが癪だが黙って見送ることにした。今はあんな子たちを気にしている場合ではない。
「シルビアっ! 大丈夫? まぁ、こんなに濡れて……」
尚も地べたに座り下を向いた妹に駆け寄る。体は相変わらずびしょぬれで、小刻みに震えているのが痛々しい。
恐らく彼女たちの中に水を操る魔法が達者な子でもいたのだろう。
可哀そうなシルビア。どうしてこの子がこんな目に。どうしても心配で伸ばした私の手が彼女の肩にふわりと触れた瞬間――――
「触らないでっ!!」
バシンっと音が出る程勢いよく、私の手が振り払われた。驚いた私を後目に、スクっと立ち上がると彼女は突然風魔法を発動させた。みるみる服や髪が乾いていく。まさかここまでうまく魔法を扱えるようになっていたことに驚き、思わずぼうっと見つめてしまった。
「こんな初歩的な魔法も使えないようなお姉様に情けなど掛けられるほど、私は落ちこぼれてはいませんから」
「そんな……。私はただ」
ただ、シルビアが心配だっただけ。そう言おうとしたが、彼女の強く睨みつける視線にひより、言葉が出なかった。
どうやらこの気持ちは、この子にとっていらないものみたい。
私を強く軽蔑した目が怖くて直視できないでいると、何かを思い出したように再びシルビアが私に声を掛けてくれた。
「そうだわ、ねぇお姉様お願いがあるの」
「な、なに? シルビア」
シルビアからのお願いなんて久ぶりだ。まだこの子が私を頼りにしてくれていることが嬉しい。何? なんでも聞いちゃうわよ。
「用もなしに私に話しかけないでください。と、言うより用があっても手紙で人を介して伝えてくださいましね」
冷たく言い放つ彼女の主張に固まってしまった。ここまで私を嫌いな両親の教育が浸透しているなんて思いもしなかった。
昔はあんなに懐いてくれていたのに、いまや家族の中で一番私を毛嫌いしているのは彼女かもしれない。そう思うほど、彼女の声と視線は冷たかった。
「では、さようなら。お姉様」
「あ、待ってシルビア――――」
言いたいことだけいうと、私の静止も聞かずにシルビアはそそくさとその場を後にしてしまう。彼女の背中は私を強く突き放されているように見えて、追いかけることはできなかった。
ただ、咄嗟に伸ばした手が空を切る。
「体に、気を付けるのよ……」
届くはずのない思いをそれでも小さく口にしたのは、まだあの子が心配だったから。いくら突き放されてもやはり私は彼女の姉なのだ。心配しないほうがおかしい。
でも、だからって何を言っても傷つかないわけじゃないのよ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
下を向いて落ち込む私に、一連のやり取りを隠れて見ていたミリアが近づき私の肩に手を置き優しく触れてくれる。その温もりが嬉しくて、彼女を見やると少しだけ微笑んだ。
「ありがとうミリア、大丈夫よ。お父様やお母様で慣れているから」
「ですが……」
「本当に大丈夫よ」
何度目かの慰めで、やっとミリアは諦めてくれた。
しかし、まさかシルビアがあそこまで私を嫌いになっているなんて思わなかった。一体私が中等科にいたころ、両親はなんと言ってシルビアを私嫌いに教育したのだろう。そもそも、私はあの人たちにここまで恨まれるくらい、酷いことをしただろうか。
今更弁解する機会などないことは分かっているけれど、あの幼い頃の楽しかった思い出が懐かしく思い出そうと思ったのだが――――結局思い出されたのは、リヴェリオだったころの家族との思い出だけだった。
あれ? 私ってこんなにも家族との思い出がない人間だったっけ?
淡すぎる思い出に縋ることもできず、今はその淋しさを抑え込めるので手一杯だった。




