2-15
「お父様、どうしてガーベル子息を私のエスコートにあてたのですか?」
昨日のヴァリタスとの事がショックすぎてその後何も手につかなくなってしまった私は、次の日になってやっと父に真意を問い詰めた。しかし、凄みを利かせたつもりの私の様子にも物応じせず、父は冷たい視線をこちらにむけた。
おかしい。
いつもの父ならば私がここまで強気に出れば少し怯むぐらいなのに。
いや、したことはないから確証はないけれど。
父は私の問いには全く応える気がないのか、ただ横顔を私に見せてため息をついた。
「ヴァリタス王子殿下の前世はあのボルテシアの栄光の立役者、バートン・クロネテス卿であるらしいな」
父から発せられた言葉に逆に私が怯んでしまう。
「な、なぜそれを?」
「陛下から教えていただいたのだ」
ヴァリタス様の前世は前明の儀の後判明したものの、それはごく少数の貴族にしか公表されなかった。それは、やはり王族内部での勢力が傾いてしまうことを恐れてのことだろう。
今のところ次期国王は第1王子であるベリエル・クロネテス殿下に、ということで貴族並びに国民の意見は一致している。しかし、もしヴァリタスの前世が知られれば貴族の間でどのようなことが起きるだろうか。
国民の支持を気にするならば、英雄の生まれ変わりであるヴァリタスを次期国王に、と言う声が上がっても何ら不思議ではない。そうなれば、権力争いが勃発し宮殿内が泥沼化する可能性は多いにある。そのため、政治を行う上で重要な役割を持つ宰相や上部の官僚には伝えられたものの、それ以外の貴族には一切公表しないようにとの決定が下された。
しかし、その決定が決まる前に私は話を聞いてしまったものだから、仕方なく目を瞑ってもらっている。もちろん陛下には手紙と直接会った際に公表しないよう、きつく釘を刺されたが。
あのときは、いや~怖かった。
ってそんなことを呑気に考えている場合ではない。
そう、何を隠そう父はそのバートン・クロネテスの恐ろしいほどの信者なのである。我が国の英雄にして悪逆皇帝から国民を開放したボルテシアの栄光。その時の首都である都市を冠して名付けられた、善なる国民の開放の時。
その中心人物にして首謀者。
幼き父はその正義感に酷く心を打たれたそうだ。それからずっと父はバートン卿の虜なのである。
恐らく付き合いの長い陛下はそんな父に話をしても問題はないとして教えてしまったのだろう。いずれ君の義理の息子となる人物は君の大好きな英雄なのだと。
しかしそれは私の首を絞める楔になって私に襲い掛かってきた。
そうか、だから私に対し容赦がなくなったのか。自分の英雄を苦しめた人物をまた近づけてしまったのだから。
「お前は変わった、昔は本当に可愛くて一途で……。悪い前世でも私はそんな風にはならないと、私たちにそう誓ってくれたではないか。あの時のお前は本当に良い娘だったというのに。今のお前はどうだ。前世が農民だと嘘をつき私たちの家の名に傷を付けた。それだけならばまだしも、貴族の令嬢でありながら魔法もロクに使えない。そのくせ、私たちに対していつもため息ばかりをついて、まるで私たちを見下し、失望しているような顔ばかりして……」
目に手をあて、苦しそうに嘆く父の姿はとても痛々しい。しかし、父の主張する内容には容易に肯定できるようなものではなかった。
百歩譲って魔法に関しては私が悪い。しかし、前世が農民だというのはヴァリタスに婚約を破棄してもらうためのものだと説得をしたし、父も了承してくれていたではないか。
そこまでして、大好きな英雄が大事なのか。
娘の私よりも。
いや、もしかしたら父にとって私はもう大事な娘ではないのかもしれない。ただ、ベルフェリト家を脅かす悪魔の子供。そう思っているのかも。
でも私だってこのまま黙っているわけにはいかない。
「お父様、私は幼い頃から何も変わっていませんわ。あの時からずっと―――」
「嘘だ!! お前はもう私の大切なエスティではない! あの邪悪な皇帝リヴェリオと成り果てたのだ!!」
「なっ」
まるで親の仇でも見るような険しい目つきで私を捕らえる。今までの、リヴェリオに臆する父ではもうなくなっていた。いつかそうなることを望んでいたけれど、こんな形で叶ってしまうとは思ってもみなかった。
頭が氷水でも掛けられたみたいにサァっと冷えていく。
もう反論する気力も湧いてこない。
極力父には前世について話していなかったのが仇になったのかもしれない。だって普通に私が話しかけるだけでも怖がっていた人に、どうして話すことができるだろう。本当はリヴェリオはなにも悪くないのだと。
それこそ前世に飲み込まれたと言われるのがおちだ。
そうやって私があまり主張してこなかったのが悪いのか。
はたまたそんな怯えた父に気を回せなかったのが悪いのか。
兎にも角にも私は失敗したのだ。父との関係性の構築を。
もうここにいるのは耐えられない。零れそうになる涙を必死にこらえるのに精一杯だった。
父に挨拶もせず、部屋を出ると駆け足で自室へと戻った。
父は私を引き留めもしなかった。
「おはようございます、お嬢様。朝食をお持ちしましたが……」
「いま一人になりたいの。朝ごはんもいらないわ。ごめんなさいね」
掛けてきた私に驚いたメイドには目もくれず、バタンと扉を閉めた。
ベッドにうつ伏せに倒れる。
なんでこんなことになってしまったの……?
私が悪いの?
こんな前世を持った私が。
でも私は何も悪い事をしていないじゃない。
それなのに、信じられないの?
大事ではなくなってしまうの?
ずっと信じていたのに。
家族だけはそんなことないって。
僅かな希望も打ち砕かれたみたいだった。裏切られるのが怖くて、人と打ち解けることができなかった私の最後の砦。それが家族だったのに。
それならば私は本当に誰も信じることができなくなってしまう。
(あぁ、別に誰も信じなくてもいいのか)
僅かな希望だと思ってそれに縋ったのが悪いのだ。
そんな往生際の悪いことをしたから、こんなことになる。
そうだ、もういっそのことすべて信じなければいい。
例外などなく、すべて等しく信じなければいいの。
どうして今までそのことに気づかなかったのかしら。
私はもう誰にも傷つけられはなしない。
もう誰にも心を開くこともない。
なんだ。
すごく簡単なことじゃないか。




