2-16
パーティーがあった日から3日ほど経ったある日。
父からヴァリタスの見舞いをしてこいとの命令があった。
夕食の席で渋々と言った感じで私に告げるその表情は、まさに苦虫を噛み潰したような顔だった。
それに簡素に返事をして食事を済ませると、早々に席を立ち食堂を後にする。
それからなにやら支度をして、その日のうちに彼の元へと駆けつけることになってしまった。なるほど、通りで朝の支度のときメイドがいつも以上に張り切っていたのはこのためだったのか。
まるで子供のようなやり方に呆れてしまう。せっかくの夏季休暇だというのに、どうして2度も彼の顔を見に行かなければならないのだろう。
もしヴァリタスが無理してまでパーティーに来なければ、2度も会うことなどなかっただろう。そもそも視察に行った先で早々に熱など出さなければこんなことにはならなかったのに。そう自己中心的に考えてしまうのは、きっと私の心が荒れに荒れているからだろう。
宮殿に着くまでも着いたあとの今も、憂鬱な気分のまま早く用事を済ませて帰りたい思いが時間が経つほどに強くなっていく。
「申し訳ありません。こちらの部屋でしばらくお待ちください」
応接室に通されしばらく待つようにと言われ、仕方がないからそこで用意されたお茶を嗜みながら待った。早く帰りたいという私の願いとは裏腹に10分経ってもヴァリタスがやってくる気配はない。まだ体調が悪く無理をしているのだろうか。体調が悪いのならば仕方がないと自分に言い聞かせ、用意された紅茶を少しずつ飲みながら彼が来るのを待った。
コンコンと、扉をノックする音が聞こえた。やっと来たのかと思い、返事をし中に入るように促す。
しかし、扉を開けて入ってきたのは私が待っていたヴァリタスではなかった。
「ベリエル殿下!」
そこにいたのはこの国の第1王子ベリエル・クロネテス殿下だった。
殆どお会いしたことが無く、さしたる会話したことがない人物の登場に少しばかり驚く。
「弟の支度がまだかかるというのでね。大事な客人を待たせるわけにもいかないから、私が相手をしに来たよ」
「そんな……。ベリエル殿下がわざわざ私などの相手をしなくても、構いませんのに」
「そうもいかないさ。君は弟にとって、とても大切な相手だからね」
私の向かいに座り、メイドに紅茶を頼むと、また爽やかな笑顔を向けたままこちらに向き直った。しかし、その爽やかな空気もメイドが部屋を出ていった途端、なにか不穏な空気に変わった。
「さてと、彼女が戻ってくるまで時間がないから、早速本題に入ろうかな」
笑顔のまま、冷たくなった声色に私は眉を寄せる。彼が裏表のある人間であるというのは初対面の時から感じていたことだから、さして驚きもしない。しかし、それが私に向かうことなどはじめてだ。
私、何かやらかしたのだろうか。
だが、いくら思案しても答えはでない。
それはそうだ。彼と関わることなど、いままでほとんど無かったのだから。
「君にお願い、というか取引をしにきたよ」
いつもニコニコしているのはこの家系の遺伝なのだろうか。しかしこの王子のそれは、国王陛下ともヴァリタスとも違う邪悪さを感じる。あまり好きではない笑顔。
「君の前世、あの悪逆皇帝リヴェリオなんだろう」
「へ?」
突拍子のない問いに、思わずカップを手から滑らせ落としてしまう。割れることは無かったが、コロコロを音を立てて床にカップが転がった。ドレスと床が汚れてしまったが、今はそんなことに気を配る余裕はない。
「な、なにをおっしゃって」
「聞いたんだよあの日のパーティーで。ほら、ヴァリタスを別室に運んだ時に、ね」
盗み聞きされていた?
しかもあの場面をピンポイントで?
なんてタイミングの良い人だろう。しかし、あれだけの会話で私をリヴェリオだと断定するのは胆略的すぎる。
他にもなにか確信でもあるのかと探りを入れようと、相手の出方を疑ったそのときだった。
(しまった……!)
先ほどの動揺と問い詰めた際のこの反応。
これでは自ら答えを教えているようなものだ。
相変わらず私は何も学んでいない。この王族がとんでもなく賢く、洞察力に優れているということに。
はぁとため息をつくと、肩の力を抜いた。その様子を見て、王子は満足したようだった。
「君って思ったよりも賢いんだね」
全く、嫌味にもなりはしない。
この国の王族に生まれたものは本当に厄介だ。




