五億円、当選。
「……は?」
最初、意味が分からなかった。
スマホの画面を、もう一度見る。
当選番号。
購入番号。
一致。
頭が理解を拒否していた。
一等前後賞合わせて五億円。
五億。
人間、現実感が無くなると逆に静かになるらしい。
俺は深夜のリビングで、一人ソファに座っていた。
テレビの待機ランプだけが光っている。
寝室では彼女が寝ている。
世界は何も変わっていない。
なのに、俺の人生だけが急に別物になった。
とりあえず立ち上がる。
喉が渇いた。
乾いた舌が口内に張り付いて気持ち悪い。
冷蔵庫を開けて、水を飲む。
ぬるかった。
いや、冷えていたのかもしれない。
もうよく分からない。
テーブルの上には会社PC。
未完成の資料。
上司からのLINE。
『明日朝イチ確認よろしく!』
その文字を見た瞬間だった。
最初に浮かんだ感情。
――あ、もう会社行かなくていいんだ。
自分でも驚いた。
夢じゃなかった。
やりたいことでもなかった。
まず“解放”が来た。
俺、そんなに疲れてたのか。
ソファに座り直す。
五億。
働かなくても生きていける金。
人生を変えられる金。
そのはずだった。
なのに、頭に浮かぶのは不安ばかりだった。
今までは逃げ道があった。
仕事が忙しい。
疲れてる。
時間がない。
だから本気を出せないだけ。
そう思えた。
でも五億が全部消してしまった。
時間がないも。
金がないも。
全部。
すると最後に残る。
“空っぽの自分”だけだった。
もし本当に何も出来なかったらどうする。
才能もなくて。
努力も続かなくて。
ただ普通のサラリーマンだったって、証明されるだけなんじゃないか。
スマホが震えた。
彼女からだった。
『まだ起きてる?』
寝室のドアが少し開く。
眠そうな顔の彼女が出てきた。
「どうしたの?」
「いや……なんか寝れなくて」
「仕事?」
「まぁ、そんな感じ」
彼女は欠伸をしながら隣に座った。
柔軟剤の匂い。
少し温かい体温。
その瞬間、妙に現実感が戻ってきた。
俺には彼女がいる。
仕事もある。
普通に生活できている。
本来なら十分幸せな側だ。
なのに。
「ねぇ」
彼女がぼんやりした声で言う。
「仕事辞めたいとか思ってる?」
心臓が止まりそうになった。
「なんで?」
「なんとなく。最近ずっと疲れてそうだから」
図星だった。
でも違う。
疲れてるだけじゃない。
俺はたぶん、ずっと怖かった。
このまま、自分の人生が始まらないまま終わるのが。
彼女は俺の肩にもたれながら、小さく言った。
「無理しすぎないでね」
優しかった。
優しすぎて、少し苦しかった。
もし今ここで。
「宝くじ当たった」
と言ったら、この日常は壊れる気がした。
だから言えなかった。
俺はただ、テーブルの上のスマホを見つめていた。
そこには確かに、五億円という数字が表示されていた。




