第13話・僕には内緒で敵を倒す話
老人は歳の割りにしっかりと、屋敷の門をくぐった。
目には若きフォーゲスト家の当主、ヘラードが写っている。
「これはこれは、ヘラード様直々に儂を迎えにきてくださるとは」
「ははは、爺が最近我が家に足を運ばなくなって寂しかったんだよ」
老人は自身の掛けた呪いの気配を探りながらヘラードの話に耳を傾けた。
代々続く呪い、いや代々我が魔法使いの家系が守ってきた秘術。
それが破られたと言う噂を聞いてわざわざ足を運んだのだ。
呪いが改変されていることに気がつくのに時間はかからなかった。
胸の奥で冷たい怒りが、ゆっくりと、しかし確実に沸き上がる。
我々の作品を、勝手に弄りやがって……。
「テールも気にしてたんだ。お茶でも飲しよう」
(これは……通常の魔法契約ではない。まるでドラゴンが暴れた街のように残骸だけが残されている)
ここまで破壊されているなら、秘術の再建は諦めるしかなかった。頭痛がひどくなる。
最低でもこれを行使した術者は、殺さなければ……
そのためには予備の人形を操るのが楽だろう。
「ルリヤは元気でしょうか? あのバジリスクの目を埋め込まれた少女でございます。一目確認させて頂きたく」
「ルリヤは……まぁいずれわかることだね」
意味深に言葉を閉じるヘラード。
っち、メンテナンスを怠った弊害か。もしくは、術者に殺されたか……そうこうしているうちに中庭にたどり着いた。
「師匠、お久しぶりでございますわ」
テールラナ。彼女の魔法に対する適性は高かった。故に、孫の嫁にと考えていた女だった。
孫は自由奔放に育ってしまい、他の女を連れてきたため、冒険者として使い捨てる事にした。
テールラナからの殺気に気がつく。
魔導師特有の魔力を使う予備動作だ。身体が強張る。
テールラナは儂を殺そうとしたのだ。
故に、先制攻撃を行うこととする。
「魔法名:ウォータープリズン」
儂の身体に水の膜を張り巡らせる。この膜は、儂の魔力で自在に操れる物だ。
「魔法名:ストーンブレイブ」
岩の棘が水の膜を貫き、脇腹を掠めた。
空気を石に変える、バジリスク由来の魔法……
「この声はルリヤ……生きていたのか!?」
しかし、人形は儂の支配下を離れていた。
ご丁寧に魔眼を改造し、石の魔法に変えられてしまっている。
また、例の術者による魔法破壊によるものだと確信した。我々の作品を何個破壊すれば気が済むのか。
プツプツと沸騰した怒りが胸の奥で煮えたぎる。
戦士の殺気は分からぬが、おそらくヘラードも敵であろう。
そうなれば……皆殺しだ。
儂は、人形の使う岩の棘を避けながら小瓶を手に持ち、魔法の水に毒を混ぜる。毒を持った水は人など簡単に殺してしまう。
まずは、殺しやすいヘラード。
水を針にして飛ばす。やっと一人……
「……よそ見していてよろしいのですか。我が家に働いた狼藉。ご覚悟よろしくて?」
テールラナなど無視だ。
予想外の事態が起こった。獣人に変化したヘラードは身体強化の魔法で水の針を避けていたのだ。
忌々しい、どこまでも儂の邪魔を……
「うるさい、貴様の炎魔法など取るに足らん!」
現に炎が水にみるみる溶けていくではないか。
「確かに、私の魔法では師匠の水魔法を突破できませんわ。でも、水が蒸発した時、混ぜた毒はどこに行くのでしょう?」
ガバッ、まさか、これを狙って……
蒸発した毒が白い霧となって一気に広がり、儂の鼻腔を、喉を、肺を焼きながら侵入してきた。
「ぐ……あぁ……!?」
声にならない悲鳴が漏れた。
毒は水よりも重く、粘つく霧となって体内に染み渡る。
筋肉が痙攣し、指先から順に感覚が失われていく。
心臓が不規則に跳ね、胸の奥で激しい痛みが爆ぜた。
息が……吸えない。肺が鉄の塊に変わったように重く、喉は焼けた針で刺されたように痛い。
視界が歪み、テールラナの顔が二重にブレる。
老いた足がガクガクと震え、膝が地面に崩れ落ちた。
「こ……この……小娘が……!」
血混じりの唾を吐きながら、儂は最後の魔力を振り絞ろうとした。
しかし指一本動かせない。
身体中の神経が毒に蝕まれ、まるで腐った縄のように千切れていく感覚があった。
テールラナは静かに、しかしはっきりと告げた。
「師匠の水は、確かに強力でしたわ。ですが、蒸発した後の毒は……あなた自身の魔法で全身に回してしまったのです。自らの力で、自らを殺す。皮肉なものですわね」
儂の視界が急速に暗くなっていく。
耳の奥で、自分の心臓の音が、どくん……どくん……と間隔を空けながら弱まっていくのが聞こえた。
最後に見たのは、テールラナの冷ややかな微笑みと、その後ろで静かに佇むヘラードの、獣の耳を少しだけ覗かせた冷たい瞳だった。
「……我が家の……秘術が……」
言葉は途中で途切れた。
老いた体が、まるで糸の切れた人形のように、ぐったりと中庭の石畳に崩れ落ちた。
口の端から黒く粘ついた血がゆっくりと溢れ出し、石畳の上に暗い染みを広げていく。
指先の感覚が完全に消え、胸の奥で最後の鼓動が弱々しく鳴った。
……もう、息ができない。
視界が真っ暗になる直前、儂はようやく理解した。
我々の秘術は、もう二度と蘇らない。
意識が、ゆっくりと、深く、底なしの闇へと落ちていった。
その後、儂の体は微動だにしなかった。
テールラナは静かに目を細め、低い声で呟いた。
「さようなら師匠、我が家はより栄えますの」
それが、この世で儂が聞いた最後の言葉だった。
◆◆◆
なんかお庭が酷いことになってる!?
「あはは、夜に害獣が出たんだよ。皆で大騒動さ」
へラードはそう言って笑っている。
確かにアルナスが指揮をして、せっせと庭の改修をしている最中だった。
穴を掘って土を入れ替えて、結構大事になっている。
「ヘラード、この有様ではお客様をもてなせませんわ。エスコートして差し上げましてよ」
テールが外出を促した。確かに、料理やってる暇なんて無さそう。
でも、テールのテンションが妙に高くて、付き物が落ちたみたいだった。
「今日は海のお魚でも食べに行こうか」
ヘラードに誘われて、今日のランチはお魚に決まった。よし、大きいの食べるぞ
ご愛読いただきありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、評価やリアクション、ブックマークなどをご利用していただけると励みになります!!
今後ともよろしくお願いします




