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ハズレスキル『無縁』と嘲笑われた孤児、灰色の復讐者となる ~本来繋がらないはずの力で、並ぶ者なく無双する~  作者: 草むしり50年


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第030話:捜し人

本日は3話更新します。

よろしくお願いします。

 朝の澄み切った青空の下、ロシュフォールの街は熱狂と安堵に包まれていた。


 外城門前に布陣していた百名を超える私兵と宮廷魔導士たちは、一人残らず武装を解除された。

 エスタン王室直属の騎士たちによって縄を打たれ、王都へと連行されていく。


 首魁であるヴァンス侯爵の姿もそこにあった。

 焦げて泥まみれになった法衣を纏ったまま、豪奢だった金鎖もなく、かつての傲慢な威厳など見る影もなく、ただ蒼白な顔で地面を見つめながら引きずられていった。


 城門が開かれると、広場には不安から解放された大勢の領民や市民たちが雪崩れ込んできた。

 街を守り抜いたアンリ伯爵と防衛兵たちを称え、割れんばかりの歓声が響き渡る。


 だが、その熱狂の渦から、俺は早々に身を引いていた。

 人混みも、感謝の言葉も、昔から肌に合わない。

 ヴェラに視線で合図だけを送り、俺は一人、静まり返ったフォンテーヌ伯爵邸へと戻っていた。


 陽光が真上へと昇り始めた昼前。

 邸宅の2階にある、白亜のテラスに風が吹き抜けていた。


 手入れの行き届いた薔薇の花壇から、甘い香りが漂っている。

 眼下にはロシュフォールの美しい街並みが広がり、水路のきらめきが青空を映していた。


 背後のガラス扉が、控えめな音を立てて開いた。


「ここにいたんだね、お兄ちゃん」


 振り返ると、淡い若草色のドレスに着替えたノラが立っていた。

 昨夜の恐怖も、泥だらけの戦場も嘘のように、綺麗に髪を整えている。

 だが、その大きな瞳には、隠しきれない緊張と、溢れんばかりの感情が揺らめいていた。


「騒がしい広場は苦手なものでな。お前も、アンリ伯爵の傍にいなくていいのか」


「お父様なら、領民の皆への挨拶で大忙しだよ。それに、私、お兄ちゃんと話したいことが山ほどあるの」


 ノラは白いテラスの床を小走りに駆け寄り、俺の隣へと並んだ。

 手すりに両手を置き、並んで街を見下ろす。

 6年前、アッシュフォードの粗末な孤児院の縁側で、こうして並んで夕暮れの荒野を眺めていた日と同じ距離感だった。


「何から話せばいいのか、迷っちゃうな」


 ノラが小さく笑った。

 その横顔には、育ちの良さを感じさせる気品と、昔のままの無邪気さが同居していた。


「あの日、孤児院から連れ去られた後、私、怖くてずっと泣いてた。でも、盗賊たちの馬車が国境の近くを走っていた時、偶然通りかかったお父様、アンリ伯爵の護衛部隊が、怪しんで馬車を止めてくれたの」


 ノラは遠い空を見つめながら、静かに記憶を辿る。


「盗賊たちは捕まって、私は保護された。お父様は身寄りのない私を憐れんで、屋敷に引き取ってくれたの。それだけじゃなくて、本当の娘みたいに、温かく育ててくれた」


「いい保護者を見つけたな」


 俺が言うと、ノラは深く頷いた。


「うん。本当に優しくて、立派な方だよ。でもね、どれだけ美味しいご飯を食べさせてもらっても、どれだけ綺麗な服を着せてもらっても、忘れられなかった」


 ノラがこちらを振り仰いだ。

 琥珀色の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。


「火事の中で、血だらけになって手を伸ばしてくれたお兄ちゃんの姿を、一日だって忘れたことはなかったよ」


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。


「教会で光の才能があるって言われてからは、必死に勉強したの。魔法も、礼儀作法も、たくさん叱られながら覚えた。いつか、お兄ちゃんが私を見つけてくれた時、情けない妹だって笑われないように。胸を張って、ただいまっていえるように」


「笑うわけねえだろ」


 俺は視線を逸らし、短く息を吐いた。


「俺の方こそ、無様な話ばかりだ。判定を受けたその足で冒険者登録をして、浮かれ気味に受けた初仕事で、身の丈に合わない斬撃を無茶に使って、自分で右腕を失くした。その日の夜に、孤児院が焼かれたんだ」


 外套の袖を引いて、銀色に光る機械の腕を晒す。

 無機質な金属の指先、真鍮の歯車。


「誰も信じられなくなった。あの夜のうちに、アッシュフォードのスラムでチンピラどもに灰色と蔑まれてな。熱血も善意も全部捨てて、その悪口をそのまま名乗って、国境を渡り歩きながら生きてきた。妹を取り戻す、ただそれだけのために、手段も選ばずに手を汚してきたんだ」


 毒舌と皮肉で武装し、他人の善意を拒絶し続けてきた6年間。

 褒められた生き方など、何一つしてこなかった。


 だが、ノラは首を横に振った。

 その小さな両手が、無骨で冷たい俺の機械の右手を、包み込むようにそっと握りしめてきた。


「冷たくないよ」


 ノラは微笑んでいた。

 金属の冷たさを厭う様子もなく、柔らかな体温を伝えてくる。


「どんなに姿が変わっても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。昨夜、天井から飛び込んできて、私の前に立ってくれた時、昔と同じだって、すぐに分かったもの」


 握られた手の平から、じんわりと温かい熱が広がっていく。

 繋がらないはずの回路を無理やり繋いで生きてきたはずの腕に、ただ純粋な人の温もりが染み渡っていくのを感じた。


 ふと、ノラが小首を傾げて問いかけてきた。


「ねえ、お兄ちゃん」


「なんだ」


「もう、ロアンって名前には戻らないの?」


 静かな問いだった。

 故郷を捨て、赤褐色を意味した温かい名前。

 あの日、泥水を啜りながら自ら葬り去った過去の自分。


 俺は右腕の義手をじっと見つめた。

 冷たい鉄の装甲と、精緻に噛み合う歯車。

 この腕で人を斬り、魔物を屠り、孤独の殻に閉じこもって戦い抜いてきた。


「戻らない」


 俺は迷わずに言った。


「ロアンという名の甘ったれたガキは、あの日、孤児院の炎の中で死んだ。今の俺はグレイだ。人を信じず、泥を這いずり回って、この機械の腕で生き延びてきた冒険者だ。その生き方を、今さら綺麗さっぱり捨てるつもりはない」


 握られたままの俺の右手に、ノラの指先が微かに強張った。

 だが、俺は残された生身の左手を伸ばし、その頭の上にそっと置いた。

 昔、泣き虫だった妹をあやす時に、何度もそうしたように。


「だがな。俺がどんな名前を名乗っていようと、お前のお兄ちゃんであることは、昔も今も変わらない」


 ノラは唇を震わせた。

 そして、堰を切ったように大きな涙の粒をこぼした。


 だが、それは悲しみの涙ではなかった。

 涙を指先で乱暴に拭い去ると、ノラは顔を上げ、花が咲くような最高の笑顔を浮かべた。


「うん! グレイお兄ちゃん!」


 ノラが勢いよく飛び込んできた。

 細い腕が首筋に回され、小さな温もりが胸いっぱいに広がる。

 俺は左腕でその背中をしっかりと抱きしめ、機械の右腕をそっと添えた。


 アッシュフォードの腐敗を裁き、オズワルドとダグラスを断罪した。

 そして今、奪われた最愛の妹を取り戻した。


 6年前、絶望の底で誓った二つの目的が、今この瞬間に、完全に果たされたのだ。


 テラスの入口の陰。

 アンリ伯爵が腕を組み、満足そうに口元を綻ばせて二人を見守っていた。

 その隣では、ヴェラが静かにハンカチで目元を拭っている。


 吹き抜ける風が、二人の髪を優しく揺らした。

 ロシュフォールの空は、どこまでも高く、どこまでも青く澄み渡っていた。


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