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ハズレスキル『無縁』と嘲笑われた孤児、灰色の復讐者となる ~本来繋がらないはずの力で、並ぶ者なく無双する~  作者: 草むしり50年


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第027話:青田買い

 ドミニク特使と護衛術士たちの足音が廊下の彼方へ消え去った後、応接室には重苦しい静寂が満ちていた。

 先ほどまで漂っていた紅茶の甘い香りも、冷たく張り詰めた空気にかき消されている。


 アンリ伯爵は深い溜息を吐き出し、力なくソファへ背を預けた。

 額に右手を当て、苦悶の表情を浮かべている。


「お父様」


 ノラが痛ましげに声をかけた。

 アンリ伯爵の背後から歩み寄り、その肩に小さな手をそっと添える。


「すまないね、ノラ。怖い思いをさせてしまった」

「いいえ、私は平気です。ですが、お父様」


 気丈に振る舞おうとするノラだったが、その指先は微かに震えていた。

 12歳の少女が背負うには、あまりにも理不尽で巨大な悪意だった。


 ソファの向かいで控えていたヴェラが、意を決したように口を開いた。


「フォンテーヌ伯爵閣下。差し出がましいようですが、王立魔導院がなぜ、そこまで執拗にノラ様を求めるのでしょうか。特命調査員として、私にも事情をお聞かせ願えないでしょうか」


 アンリ伯爵はゆっくりと顔を上げ、ヴェラを見つめた。

 その瞳には、深い悔恨と苦悩の色が滲んでいた。


「ソーン調査員。君は学園で、魂力の器について学んでいるね」

「はい。生まれ持った魂力の容量、すなわち装備できるスキルの枠や魔力の出力規模のことです」

「そうだ。ノラは2年前、10歳の教会の判定で、光の属性適性と、同年代の誰よりも巨大な魂力の器を持つと判定された」


 アンリ伯爵は卓上の冷めた紅茶を見つめながら、言葉を続けた。


「基礎的な光魔法一つをとっても、あの子の器を通せば常人の数倍の規模で放てる。教師陣は、将来的に4要素以上を自在に操る大魔導士になり得ると口を揃えたよ。だが、その類稀な才能が、宮廷の権力亡者たちの耳に入ってしまった」

「それが、ヴァンス侯爵」

「そうだ。王立魔導院総裁の地位を私物化し、国内の才ある子供の情報を集めている。表向きは有望な若者の英才教育を装っているが、実態は次代の王位継承争いに備えた私兵の囲い込みだ。連れて行かれた子供たちは、人格を塗り潰され、命令通りに人を殺す魔導兵器として洗脳されると聞く」


 アンリ伯爵の拳が、革張りのソファを強く握りしめた。


「そんな場所に、我が愛娘を差し出せるはずがない。だが、侯爵の脅迫はハッタリではないのだ。拒絶し続ければ、フォンテーヌ領の交易路は封鎖され、領民は困窮する。最後には反逆の濡れ衣を着せられ、家名ごと取り潰されるだろう」


 応接室に、再び鉛のような重い沈黙が落ちた。


 地方貴族が中央の巨頭に抗うことの絶望的な難しさ。

 かつてアッシュフォードで、コルヴィン伯爵の横暴に誰も逆らえなかった構造と何ら変わりはなかった。


 その時、小さな布擦れの音が響いた。


「お父様」


 ノラが一歩前へ進み出た。

 その表情には、悲壮なまでの決意が宿っていた。


「私が、王都へ参ります」

「ノラ!?」

「私が王立魔導院へ行けば、フォンテーヌ家も、街の皆様も助かります。これ以上、私のせいで皆様が苦しまれるのを見ているのは耐えられません」


 澄んだ声の中に、震える覚悟が込められていた。

 身寄りのない自分を救い、温かく育ててくれた養父と領地のために、己の身を犠牲にしようというのだ。


 だが、アンリ伯爵は即座に立ち上がった。

 その顔は、これまでに見たことのない激しい怒りに染まっていた。


「馬鹿を言うな、ノラ!」


 雷鳴のような一喝が室内に響き渡った。

 ノラが肩をすぼめた。


「お前は私の娘だ。血の繋がりなど関係ない、何にも代え難い大切な家族だ! その娘を他人の権力争いの生贄に差し出して生き延びるなど、人道にも騎士道にも反する! そんな恥辱に塗れるくらいなら、領主の座も伯爵の家名も、この手で投げ捨ててやる!」

「お父様」

「二度と自分を粗末にするようなことを口にするんじゃない。お前を守り抜くことこそが、私の全責任だ」


 アンリ伯爵はノラの華奢な体を、慈しむように力強く抱きしめた。

 ノラの瞳から、張り詰めていた涙がこぼれ落ちる。


 壁際に立つ俺は、その光景を無言で見つめていた。


 シスター・マーサの顔が脳裏をよぎった。

 貧しい孤児院で、食べるものにも困りながら、それでも俺たちを命がけで庇って死んでいったあの老女。


 アンリ伯爵もまた、同じ魂を持っていた。

 利権や体面などではなく、命を賭けて子供を守ろうとする本物の親だった。


 ノラは、本当に良い親に拾われたのだ。

 その事実を噛み締めるほどに、胸の奥が熱く疼いた。


「すまないね、客人たち。取り乱した姿を見せてしまった」


 アンリ伯爵が涙を拭うノラの頭を優しく撫で、こちらへ向き直った。


「今日のところは宿へ戻って、旅の疲れを癒してくれたまえ。公的な記録の引き継ぎについては、また明日にでも正式な受領証をお渡ししよう」

「承知いたしました。伯爵閣下、どうかご無茶だけはなさらないでください」


 ヴェラが深々と一礼した。


 館を出る際、ヴェラは正門詰所での書類手続きのため、執事と共に別室へ向かった。

 俺は本館の外、庭園へと続くテラスの影で足を止めた。


 庭園の白薔薇の花壇の前に、ノラが一人で立っていた。

 手すりにすがりつくようにして、俯いている。

 その背中は小さく、今にも風に吹き飛ばされそうだった。


 俺は無意識に、石畳を踏みしめて近づいていた。


「見ていたでしょう」


 足音に気づいたノラが、顔を上げずに呟いた。


「情けない令嬢ですね。学舎で立派な魔法を学んで、大魔導士になれるかもしれないなんて褒められていたのに。いざとなったら、お父様に守られるだけで、何一つ自分の力で解決できないなんて」


 絞り出すような自嘲の言葉。

 俺はフードを目深に引いたまま、冷たく言い放った。


「お前が背負う話じゃない。大人の泥仕合に、子供が首を突っ込むな」


 ノラの肩が微かに跳ねた。

 ゆっくりと振り返り、濡れた栗色の瞳で俺を見上げてくる。


「アンリ伯爵はお前を娘として守ると言った。親の覚悟を、子供の勝手な罪悪感で踏みにじるな。お前の役目は、王都の亡者に頭を下げることでも、悲劇のヒロインぶることでもない。胸を張って、その家で笑っていることだ」


 荒っぽい口調だった。

 貴族の令嬢に対する言葉遣いではない。


 だが、ノラはその言葉を拒絶しなかった。

 むしろ、吸い寄せられるように、驚きを宿した瞳で俺の顔を見つめていた。


「あなたの話し方」


 ノラが震える声で呟いた。


「なんだか、昔の誰かに似ています。泥だらけで、ぶっきらぼうで、口を開けば嫌味ばかりで。でも、私が泣いていると、いつも不器用な言葉で前に立ってくれました」


 胸の奥が激しく軋んだ。

 左手で、外套の下の義手を強く握り締める。


「似てるだけだ。俺はただの雇われ護衛だ」


 それだけを告げ、俺は背を向けた。


「待ってください!」


 呼び止めるノラの声を背中に受けながら、俺は振り返ることなく庭園を後にした。


 日が落ち、ロシュフォールの街は夜の帳に包まれた。

 街灯の淡い明かりが水路の表面に揺れ、昼間の華やかさとは違う静寂が訪れる。


 噴水通りの宿の一室。

 外から戻ってきたヴェラが、荒い息を吐きながら部屋の扉を閉めた。


「グレイさん、大変です!」

「どうした。息を切らして」

「ドミニク特使の宿舎の周囲に、不審な集団が集結しています。水路の陰から水魔法で見張りの気配を探りつつ近づいて、この目で荷の中身を確かめてきました。箱には見慣れない黒い紋章が押されていて、中には禍々しい紋様の短剣と、音を殺すための魔導具らしきものが並んでいました」


 ヴェラの顔は蒼白だった。


 得体の知れない紋章に、暗殺者じみた得物一式。

 6年の冒険者稼業で、金で雇われた荒くれ者の装備は嫌というほど見てきた。生かして連れ帰る気なんて、端からありはしない。


「日没までに返答を、というのはただの欺瞞です。最初から話し合いで解決する気なんてありません。今夜、実力行使でフォンテーヌ邸を襲撃し、ノラ様を強引に拉致する気です!」


 俺は窓辺から、夜の闇に沈む領主館の方角を見つめた。


 やはりそう来たか。

 権力者の手口など、どこの国でも同じだ。


 合法的な手続きで手に入らなければ、暴力で奪い去る。

 6年前のアッシュフォードの夜と、寸分違わない光景が繰り返されようとしている。


 だが、あの時とは決定的に違うものがある。


 俺は外套を羽織り、右腕の義手の革ベルトを締め直した。

 手首の機構を前後にスライドさせ、指先に仕込まれた鋼鉄ワイヤーのテンションを一つずつ確かめる。

 冷たい歯車の噛み合う音が、部屋の中に小さく響いた。


「グレイさん?」

「ヴェラ。お前は学園の調査員として、ここで待機してろ」

「な、何を言っているんですか! 私だって行きます! ノラ様が危ないのに、見捨てるなんてできません!」


 ヴェラが杖を強く握りしめ、まっすぐに俺を見返してきた。

 かつてハーロウで怯えていた少女の目は、そこにはなかった。


 俺はかすかに口元を緩め、外套のフードを深く被った。


「足手まといになったら、今度こそ置いていくぞ」

「望むところです!」


 扉を開け、夜の冷たい空気の中へと踏み出す。


 6年前、俺は何も持たず、ただ泥水の中で妹が攫われるのを叫びながら見ていることしかできなかった。

 だが、今は違う。


 この腕がある。

 繋がらないはずの力がある。


 二度も同じ真似をされてたまるか。

 あいつの手を取る権利を捨てたとしても、あいつの笑顔を奪おうとする奴らは、一人残らずこの手で叩き潰す。


 俺たちは夜陰に紛れ、フォンテーヌ邸へと全速力で駆け出した。


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