第023話:薔薇と噴水の街
本日は2話更新します。
よろしくお願いします。
石造りの頑丈な国境関所、双鷲の関を背にしてから半日。
緩やかな下り坂の街道を抜けると、視界が一気に開けた。
目の前に広がっていたのは、陽光を浴びて白く輝く壮麗な街並みだった。
なだらかな丘陵地帯を縫うように石畳の道が走り、両脇には整然と刈り込まれたブドウ畑がどこまでも連なっている。
アッシュフォードを覆っていたすすけた煙も、グレイマーシュの淀んだ泥炭の臭いも、ここには欠片も存在しなかった。
フォンテーヌ伯爵領の領都、ロシュフォール。
エスタン王国の南西部に位置する、水と花に満ちた交易の要衝だ。
「わあ、すごい。なんて綺麗な街並みでしょう」
隣を歩くヴェラが、感嘆の声を漏らした。
旅の埃を払うのも忘れ、白亜の尖塔やアーチ状の橋を見上げている。
「石造りの建物が全部白で統一されていますね。それに、ほら。あちこちから水の流れる音が聞こえます」
「水の都って触れ込みだからな。山からの湧き水を市街地全体に引き込んで、水路と噴水で巡らせているらしい」
ヴェラが足を止め、きょろきょろと周囲を見回した。
「本当におとぎ話の絵本に出てくる都みたいです。空気が澄んでいて、甘い花の香りが風に乗って流れてきますよ」
「浮かれるな。綺麗な街ほど、泥を隠すのが上手いだけだ」
俺は周囲を見回しながら、吐き捨てるように言った。
白亜の城壁の上には、等間隔に配置された正規兵の姿がある。
装備の手入れは行き届いており、私兵特有のだらしなさは見当たらない。
だが、路地の隅や建物の屋根の勾配、いざというときの退路を無意識に計算してしまうのは、6年間の冒険者生活で染み付いた性分だった。
「相変わらず夢のないことを言いますね。少しは旅の風情を味わったらどうですか」
「命あっての風情だ。街道の連中は身なりが良すぎて、逆に俺たちの旅装が浮いている。さっさと用件を済ませるぞ」
城門の警備兵に通行許可証を見せ、俺たちは街の中へと足を踏み入れた。
通りに足を踏み入れると、薔薇の甘い香りが鼻腔をくすぐった。
住宅のテラスや街路樹の足元には、色とりどりの薔薇の生垣が手入れされ、中央の石畳には幅2メートルほどの水路が澄んだ水を湛えて流れている。
子供たちが水路の縁を駆け回り、行き交う商人や市民の表情も明るい。
だが、俺の意識はその華やかさの奥へと向いていた。
通りを抜け、街の中央にそびえ立つ領主館の敷地へと向かう。
広大な庭園の奥に構えられた白亜の屋敷は、アッシュフォードの薄汚れた伯爵邸とは比べ物にならないほど巨大で優美だった。
その正門脇にある、外来者向けの受付窓口へ進む。
門番の兵士二人が、槍の柄を握り直して俺たちを値踏みするように見つめてきた。
黒い外套を深く羽織り、右腕を隠した俺の姿は、この美しい街では明らかに異質だった。
「止まれ。領主館に何の用だ。傭兵の売り込みなら、西側の詰所へ回れ」
兵士の硬い声が飛ぶ。
俺が口を開くより早く、ヴェラが一歩前に出た。
「失礼いたします。私はアルビオン王国ハーロウ魔法学園、卒業実地任務の特命調査員、ヴェラ・ソーンと申します」
ヴェラは落ち着いた所作で一礼し、革鞄から一枚の羊皮紙を取り出した。
学園の青い封蝋と、王都特命監査官の銀の刻印が押された正式な任命状だ。
「アルビオン王国特命監査官閣下の親書を携え、アンリ・フォンテーヌ伯爵閣下への正式な謁見を申請にまいりました。アッシュフォード領で摘発された国際的な人身売買ルートに関する、捜査記録の引き継ぎでございます」
門番たちの顔つきが変わった。
身分証の銀の刻印とヴェラの端正な名乗りを前に、槍の穂先が僅かに下がる。
「アルビオンの学園からの特命調査員、それに王都の監査官からの親書だと」
「ええ。6年前にこちらのフォンテーヌ伯爵領で討伐された盗賊団の件について、確認したい重要事項がございます。至急、取次をお願いできますでしょうか」
淀みのない堂々とした口調。
男爵家の令嬢として育ち、エリートクラスで学んだ礼法と知識が、完璧な制度の盾として機能していた。
門番の一人が書類を受け取り、奥の詰所へと駆け込んでいく。
数分後、詰所から出てきた執事風の初老の役人が、丁重に頭を下げた。
「お待たせいたしました、ソーン調査員。書類の真正を確認いたしました。閣下は現在、所領の政務で手が離せませんが、明朝一番、応接室にて謁見の時間を設けさせていただきます」
「ありがとうございます。ご配慮に感謝いたします」
「して、そちらのお方は?」
役人の視線が、俺の黒ずくめの姿に向けられた。
ヴェラは迷うことなく、流れるように答えた。
「私の専属護衛冒険者です。国境越えの安全確保のため、道中の討伐と警備を正式に委託しております。明日の謁見にも同行させますので、お控えください」
「承知いたしました。護衛の方の入館許可証もあわせて発行しておきます」
役人から木製の通行証を受け取り、俺たちは領主館の前を辞去した。
大通りへ戻ると、俺は外套の襟を軽く引いた。
「手慣れたもんだな。貴族の看板ってのは、つくづく便利だ」
「ふふん、見直しましたか? 私だって伊達にエリートクラスの末席にいたわけじゃありませんからね。書類仕事と手続きなら任せてください」
ヴェラが得意げに胸を張る。
普段の控えめな様子とは違い、実務をこなしているときの彼女は驚くほど頼もしかった。




