第017話:反吐が出る
中央広場での公開断罪が終わり、冷厳な判決が下されてから、わずか1時間後のことだった。
広場を埋め尽くしていた群衆の怒号と熱狂は、潮が引くように収まりを見せ始めていた。
だが、その余波はアッシュフォードの目抜き通りにまで、薄汚いざわめきとなって広がっていた。
俺は黒い外套のフードを目深に被り、石畳の通りを一人で歩いていた。
向かう先は、街の地下牢だ。
エインズワースの騎士と監査官の計らいにより、王都へ護送される前のダグラスに面会する許可はすでに取り付けてあった。
だが、路地を抜けて大通りへ出たところで、行く手を塞ぐように人垣ができた。
「い、いやあ、グレイ様! お待ちしておりました!」
脂汗を顔一面に浮かべ、揉み手をしながら擦り寄ってきたのは、冒険者ギルドの受付、ダレルだった。
その背後には、昨日まで酒場で酒を煽りながら、俺の手配書を見て下品に笑っていたCランク冒険者たちの姿があった。
さらには、コルヴィン伯爵家に媚びを売って私腹を肥やしていたはずの大商人たちまでが、卑屈な笑みを貼り付けて並んでいる。
「本当に素晴らしいご活躍でした! まさか、あの悪名高き闇ギルドを一網打尽にし、ダグラス伯爵の長年にわたる不正まで暴いてしまわれるとは!」
「最初からただ者ではないと思っておったのですよ! あのような破格の強さ、まさにこのアッシュフォードを救うために現れた英雄様だ!」
「そうだとも! あの孤児院の維持補助金の横領の件も、我々はまったく知らなかったのです! 伯爵の権力に脅され、逆らえなかっただけでしてね!」
口々に吐き出される、耳を塞ぎたくなるような賛辞と弁明。
数日前、俺がアッシュフォードのギルドを訪れたとき、この受付の男は俺の登録証を一瞥し、鼻で笑った。
昨日、手配令が出回ったとき、後ろにいる冒険者共は、懸賞金の金貨に目を眩ませて路地裏まで俺を追い回そうとしていた。
そして6年前、教会の壇上で右腕を斬り落とした俺を、路傍のゴミを見るような目で嘲笑い、石を投げつけたのは、この街に暮らす有象無象の連中だった。
それが、伯爵家が改易となり、俺が特命監査官やエインズワース家と繋がっていると知るや、このざまだ。
風向きが変わった途端、昨日の敵を英雄と祭り上げ、自分たちの落ち度をすべて失脚した領主になすりつける。
俺は歩みを止め、冷え切った視線をダレルと群がる連中に向けた。
「反吐が出る」
低く、乾いた声で呟いた。
ダレルの顔から、貼り付けたような愛想笑いが引きつって凍りついた。
背後の冒険者たちも、息を呑んで一歩後ずさる。
「え、え? グレイ様?」
ダレルがおずおずと口を開く。俺は一瞥し、容赦なく言葉を叩きつけた。
「昨日まで、金目当てで俺の首を売ろうと群がっていたハイエナ共が、どの面を下げて英雄などと抜かす」
右手の指先を、わずかに動かした。
魂力を込めるまでもない。ただ殺意を滲ませた視線を向けただけで、周囲の空気が急速に凍りついたように重くなる。
「自分の保身のために、都合よく言葉を吐き替えるな。その薄汚い口を、二度と俺の前で開くな」
「ひ、ひぃっ!」
喉を引きつらせて後ずさるダレルに、俺は容赦なく言葉を重ねた。
「次に俺の視界へその面を晒したら、首から上を消し飛ばすぞ。消えろ」
一切の容赦を含まない宣告だった。
ダレルは青ざめた顔で腰を抜かし、石畳の上に尻餅をついた。
周囲を取り囲んでいた冒険者や商人たちも、まるで猛獣の檻に放り込まれたかのように震え上がり、我先にと路地裏へ逃げ散っていった。
誰も助け合わず、誰のことも省みず、ただ己の命惜しさに蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「本当に、最初から最後まで腐りきった街だ」
俺は吐き捨てるように呟き、誰一人いなくなった通りを再び歩き出した。
この街に、拾うべき未練など何一つ残っていない。
その事実を、改めて骨の髄まで噛み締めただけだった。




