92 要塞城
8月下旬。マレガード王国の国王の居室では国王が癇癪を起こしていた。
夏の小麦収穫シーズンは思うように振るわず、備蓄が来春に間に合わないと予想されるマレガード王国は隣国からの買い取りを推し進める中で、秋の収穫も減少し、貴族からの税や納品が少ないことに大臣たちも危機感を感じ始めてきている。
国王の太鼓持ちを得意とする法務大臣が国王の部屋で対策の相談に来ていた。国王は横に女たちをはべらせベッドに横たわっている。
「水など魔法で出せばよかろう! 神殿は何をしておる!」
「司祭はすでに全国に派遣されております」
「セレアン! あやつはどうした?」
「子息も巡礼に派遣し、本人は教会に籠り祈祷しているそうです」
「そんなことをワシに相談しても意味はないだろう! ワシの手を煩わさせるな。ワシは後継者作りに忙しいのだ!」
ワイングラスを投げられて法務大臣は部屋からすごすごと出ていく。外にいる他の大臣たちに向けて首を振った。
「ピアソン外務大臣に戻ってきてもらう他ないな。国王陛下を御せるのは彼だけだ……」
大臣たちは深いため息を吐いた。
9月上旬。マレガード王国とフオジスト王国の国境のフオジスト王国側の街。その街はずれには戦争があった頃の名残りの要塞とも城ともいえる建物がそびえ立つ。国家要人たちが宿泊に使っているので今でもきっちりと整備され清潔に保たれ、いつでも使用人たちが仕事をしている。
よく利用するエイブリック第二王子は慣れた足取りで城内を闊歩する。
「このあたりは各執務室へ変更だな。机や本棚の手配は済んでいるか? 2階の中央の部屋は急ぎ目でやっておけ。兄上が帰りに寄るとおっしゃっていた。それまでには形にしておくことだ。今使っている騎士たち用のベッドはとりあえずどこかへまとめておいて仮宿舎ができ次第移動だ」
さらに5階にあたる屋上部分へ行く。要塞城の脇には急ピッチで新たな建物が3つほど建設中である。
「さすが元守備の要。防衛は完璧な作りだな」
要塞城の後は大きな川が流れており、その川から引いた堀が要塞の周りを囲んでいる。脇にいる補佐官に次々と指示を飛ばすので補佐官は必死でメモをとる。
「あの堀をもう少し長くしろ。あの建物とあの建物を仮の寄宿舎、あの空き地は低い囲いをして鍛錬場とする。これは最優先だ」
真下に広がる閑散とした家々はすでに買い取り元住民たちには新しい住居を用意して引っ越しも完了している。土の街道には作業員たちが石で舗装している最中だ。街道沿いには、そこから見えるが少し離れた場所にこちらも大きめの建物がいくつか建設中となっている。
「さすが、公爵家のみなさんだ。決断が早い。公爵家のみなさんの屋敷場所が決まったのなら、侯爵家や伯爵家にも情報を流す頃かな」
エイブリック第二王子は区画図を取り出した。侯爵家屋敷地区と伯爵家家屋敷地区は希望者に抽選する予定となっている。
「それも一区切りついてからだろうけど」
楽しみでしょうがないと含み笑いをした。
キンガース公爵邸の温室では、アノスジェンは今日も楽しく花に水をあげていた。
キンガース公爵が王都から戻ると自分は伯爵になっていて、憂いの一つが解消された。領地持ちになったようなのだが、キンガース公爵が優秀な者に任せると言っていたので、おいおい勉強していくことになった。
「オッケー! 今日もみんな元気だね。結婚式、楽しみだな」
ここは秘密の温室、といってもディジリーナが出入り禁止なだけなのだが。『結婚式が終わったらここでお茶をしよう』と決めて扉を閉めた。
ここのところ、気にするほどでもない不思議なことがいくつかあった。
ダゾル湖の東の森の奥深くにうごめく魔獣がとても数を減らした。実際には最奥に逃げ出したのだが、最奥にまで足を踏み入れない人間たちには減ったように感じている。
畑の野菜たちが2割ほど大きくなっているように感じる。次の季節の野菜たちも成長が順調で収穫を心待ちにしている。
綿花の花がはじけて出てきたコットンボールが上質で柔らか、織り師たちが喜んでいる。
牛たちの乳の出がよく、味の評判がいい。
まわりまわって、食堂の飯が旨く、昼飯を楽しみにしている労働者がとても元気。
そんなことが耳に入るたび、『まさかアズリューが原因?』と思わなくはないアノスジェンだが、確信が持てない。『みんなが幸せなようです。これからも見守ってください』とお礼のお祈りは欠かさないようにしている。
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