89 為政者
8月の灼熱でマレガード王国の作物はことごとく枯れていった。食料不足を補うため、隣国からの商人から買い付ける。その隣国の1つがフオジスト王国であり、フオジスト王国の中でも北西が隣接している。隣国から離れれば離れるほど商品は高騰し、国の真ん中より少しだけ西にある王都はまさに最高値の地となっている。
寄付金がほとんどなくなったセレアン伯爵家は生活水準を落とすこともできず、ただただフオジスト王国からの謝礼金を待ち望んでいた。
*****
大円卓会議の翌日にはキンガース公爵は王都へ向かった。馬車で5日の道のりもキンガース公爵と側近騎士数名でなら3日かからずに着く。
厳しい顔をしたキンガース公爵が通れば、文官たちなど壁の隅にまで下がって道を開ける。
ドンというたった1回のノックで中の返事も聞かずに開いたのはゲイリック王太子の執務室のドアで、それを見た執務官たちがピリリという空気を発した。キンガース公爵の圧に負けずにイラついた空気を出せる胆力は通りすがりの文官たちとはデキが違う。ゲイリック王太子が執務官たちを手で制した。
「キンガース公爵。出向いてもらい、ご苦労だった」
「いえ、ご相談いただけて感謝しております」
ジト目のキンガース公爵にゲイリック王太子がうんざりとした顔を見せた。
「スペンディーノおじさん、俺に怒っても仕方ないだろう。俺だって呆れているんだ」
「八つ当たりする相手もいないのだ。ありがたく受け止めろ」
「はいはい、そうですね。で、どのような回答となりました?」
「当然、全面拒否だ。理由はこれだ」
絶縁書をゲイリック王太子の前に投げる。中身を確認すると人の悪そうな笑みを浮かべた。
「これは素晴らしい。これ、俺にも利用させてもらっていいよね?」
「好きにしろ。お前ならやると思ってたよ」
「だけど、相手からあまり取れなそうなんだよね。ここ半年で税も減っちゃって、逆に補助金をねだられ、逼迫しているみたいなんだ」
キンガース公爵が到着する前に、ゲイリック王太子にはマレガード王国からの情報が入ってきている。
「それを俺に報告するなよ」
「でも、今後どんな情報がアノスジェンのためになるかなんてわからないでしょう。それに、スペンディーノおじさんところの情報網なら知っているのでは?」
「まあ、お前みたいに国内全部をまとめるわけじゃねぇから、その程度の余裕はあるさ」
「分けてくださいよ」
「ちっ。とにかく『水』だ。あちらさんは干上がる直前らしい」
「アノスジェン……かな?」
「人間一人で何ができるっていうんだ。お天道様のことは誰にもわからんだろう。ただな、あちらさんは水魔法にあぐらをかいて灌漑政策がダメダメなんだとよ」
「それはありがとうございます。その理由なら取れるかもしれないなぁ」
ニヤつくゲイリック王太子の敬語と標準語との微妙な使い回しに『本当に性格が悪くて、為政者向きだ』と頬を引きつらせる。
「フンッ! 好きにしろ。セレアンのこと、任せていいんだな?」
「もちろんですよぉ」
「ついでに、これを突き返してきてくれ」
ズタ袋をソファテーブルに投げ落とす。執務官が開くとけばけばしい貴族服が出てきた。
「何、それ?」
「セレアンの家から贈られたものだ」
「なるほど。他には?」
ゲイリック王太子はキンガース公爵の性格ならシャツ1枚でも返しそうだと思っている。
「ない」
「え? 捨ててしまった? 確かに、アノスジェンはここにいた頃より大きくなっているように見えたからね」
「違う。ないんだ。他のものは贈られてない」
「………………すごい家なんだな……」
「これはマレガード王国がアノスジェンを送るために用意したおおよその金額だ。ここに留まっていた際にいた騎士たちが管理していた」
「それは参考になるよ。ありがとう。そういえば、彼らは帰国したの?」
「うちの者になった」
「それはそれは忠臣を手に入れてうらやましい!」
「俺にじゃねぇ。アノスジェンのために残ったんだ」
「それはまたアノスジェンが気になりますね。今度王都へ連れてきてくださいよ。お茶に招待するから。ファリシアもディジリーナと久々に話したがっていたし」
意地悪な視線に睨み返した。
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