87 勅書
ゲイリック王太子からの勅書が届いた午後、キンガース公爵の執務室大円卓で会議が開かれた。アノスジェンの事情を知る者たちが集まる。
ショーン執事長が勅書を読むと誰もが厳しい顔をした。ワディンはなぜか立ち上がり一礼すると部屋を出ていった。
「なんという図々しさ」「浅ましい」「まさかそんな仮面を持った一家だとは」「アース様のご苦労が目に浮かびます」「アイツら……あの時、知っていたら殴っていたのに」「人道を知らぬ者たちなのか」「そんなカス消えてしまえばいいのに」
それぞれがブツブツ言い始め、アノスジェンが取り残されたようにあわあわと居場所を無くしていた。キンガース公爵がトントンとテーブルを指先でノックする。
「とにもかくにも、大切なのはアースの気持ちだ。アース、お前はセレアン伯爵家との縁を続けたいか?」
一斉に視線が集まり硬直する。
「あの……僕は……」
「お父様、やめて。アンは誰かを嫌うとか拒否することが苦手なの。その聞き方じゃ『続ける』と言いかねないわ」
フォローになっているかわからないフォローが入る。まるでキンガース公爵を責めるようにみながウンウンと頷く。
「そうか。ならば、アースよ。セレアン伯爵家へ戻りたいか?」
アノスジェンの顔が一瞬で真っ青になり、何よりも物語っていた。
「よし、わかった。では、キンガース公爵家としてはセレアン伯爵家と関わらないという方針で話を進める」
「ヘリン。今一度、出発時の荷などの説明をせよ。返品できるものは返品する」
「はい。セレアン伯爵家からの物はワディンが管理していた旅の金銭とともに学習用具一式。夜着一式。上質な子供服一式。それと、高級な少年用貴族服一式、ただしこれを着用していたのはワディンです」
「ちょっと待って。意味がわからないわ」
「アース様と我々が初めてお目見えした時、アース様は今よりも大変にお小さく十歳くらいに見える少年でした」
アノスジェンが心苦しそうに下を向いてしまい、ディジリーナが背をさする。その時、ノックがされてワディンが息を切らしながら入ってきた。
「アース様はセレアン伯爵家よりこれを受け取っております」
キンガース公爵の隣までいき手渡した書類には『絶縁書』と書かれており、それを開くとクィント・セレアン伯爵のサインだけでなく、マレガード王国の国王のサイン、さらに丁寧に王印も入っていた。
「僕……貴族じゃなかったんだ……」
勉強したからこそわかる事実に驚嘆し落胆し、目に浮かべた涙がハラハラと零れる。
「貴方がマレガード王国の貴族かどうかなんて関係ないわ。王城パーティで貴賓だと発表されたのよ。必要なら国王陛下から爵位はもらえるの。今は気にしなくていいわ」
アノスジェンは不安をぬぐえないがディジリーナを安心させたいとの気持ちもあり、小さく頷く。
「そうだぞ、アースよ、気にするな。これはまさに紫玉の宝に値するものだ。すべての憂いを払拭できるぞ。よし、先ほどの話を戻すぞ。ワディン、お前が着ていた貴族服はどういうわけなのだ」
ワディンが悔し涙を抑えながら理由を話す。ニールたちも事情を知らなかったので驚いている。
「つまり、アース様用ではなく、使用人に下賜されたものということですね」
ショーン執事長は冷静に言うが、キンガース公爵は怒り心頭だ。
「とにかくそんなものは突き返せ!」
ショーン執事長は手慣れたようにスルーした。
「ヘリン様のお話に戻しますと、セレアン伯爵家からの物は学習用具一式。夜着一式。上質な子供服一式。高級な少年用貴族服一式。それと旅資金ということですが」
「いえ、学習用具はセレアン伯爵家執事長のハリトー様がご自身のお金でご用意くださいました。アース様が着ていた服や夜着もハリトー様です。金銭も……」
ワディンが持っていた金銭は本当に少しで、二人の洋服と少しの本ですぐになくなってしまっていた。
「旅中の服はニールさんたちがマレガード王国からの婿入り支給金で購入してくれました。その支給金は本来、目的地到着後にニールさんたちで分けることができるものなのに……。アース様と私の衣服や、宿の質や部屋数まで気を配っていただき、本当に感謝しています」
アノスジェンは知らなかった事実に涙が止まらない。ワディンも頭を下げたまま泣き崩れ、トビーが「くっそっ!」と言って泣き始めた。
「他には?」
ショーン執事長の問いにワディンが力なく首を振る。
「つまり、セレアン伯爵家からはワディンの服一着だけなのだな……」
低い唸り声が震えた。
お付き合いいただきありがとうございます。
毎日夜6:40更新
ブックマーク、★嬉しいです。
よろしくお願いします。




