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86 感謝

 ゲイリック王太子からの勅命書がキンガース公爵に届く前に、キンガース公爵家ではダゾル湖畔にできた祈祷台の完成会が執り行われていた。8月の強い日差しが照りつける。

 

 公爵家は騎士から使用人まで手の空いている者は参列し、領民も多数参加していた。その中には、数ヶ月前から朝のお祈りに参加してる領民もいて、アノスジェンは様々な人々に声をかけていた。


「設計図を確認してはいたが、これはワシの予定よりずいぶんと様変わりしたものだ。アースは本当にみなのことが優先なのだな」


 アノスジェンが指示をして書き直した図面のようにできあがった祈祷台を誇らしく見上げた。


 湖畔に沿って50メートルに渡って石で基礎が組まれてその上に板で座面が張られている。真ん中には一応石柱が四本立ち象徴のようにはなっているが、キンガース公爵が考えていたよりずっと質素である。

 ヘリンの司会でキンガース公爵が紹介され、祈祷台の真ん中に立ったキンガース公爵を拍手で迎えた。


「このような良き日を迎えられたこと、協力してくれた者たちに礼を述べる。見てわかるようにこの祈祷台は他とは違う。それはなぜか……。みんなで彼の言葉に耳を傾けよう。

 自分のことだけにおさまらず、人々の気持に寄り添い、素晴らしい祈祷台を考えたアノスジェンに、みなより拍手を送ってやってほしい」


「では、次にアノスジェン様にお言葉をいただきます」


 アノスジェンがキンガース公爵と交代してそこへ立つ。


「まずは、素晴らしい祈祷台を作ってくださった義父スペンディーノ・キンガース公爵閣下に感謝申し上げます。そして、協力してくださったみなさん、本当にありがとう。

 僕は……その……他の祈祷台を知らないので、きっと義父も僕が作りたいと思ったものに驚かれたのだと思います。

 祈祷と言われると、みなさんは神に祈るものだと思っていますか? 僕は王都の教会でそのように教えていただきました。それは間違いではないと思います。誰かに見守られているという気持ちはとても大切です。ですから、僕ももちろん、神に感謝の祈りを捧げます」


 アノスジェンが間をとると固唾を飲み見守る人々の期待が高まる

 

「ただ……僕はそれだけではないのです。

 僕を支えてくれた人々。僕を喜ばせてくれた人々。僕に食事を与えてくれた自然。生命を潤してくれる水。生命を受け止めてくれる大地。生命の息吹を伝える風。生命を循環させる火。

 僕は毎日毎日、違うことを祈っています。その時、心浮かんだことに感謝し、そのものに恩恵があることを願います。

 心に神はおらずとも、お祈りはできるのではないでしょうか」


 万感の拍手が鳴り響く。


「僕は朝のお祈りをすることが多いのですが、時間も気にすることはありません。自由にここを訪れて自分の感謝の気持ちと向き合ってほしいと思っています。夕日の時間もオススメですよ」


「二人のデートスポットって有名だぞぉ」


 明るくからかう声にディジリーナも顔を染めた。アノスジェンも頭をかいて照れる。


「僕はディジリーナとここへ来ると彼女に感謝の祈りを捧げます。互いに感謝できて素敵な時間を過ごしています」


 あけすけな発言なのに爽やかな風を吹かせるアノスジェンの魅力が全開で、ディジリーナは一粒の涙を落とした。


『そうよ。初デートで互いに感謝を贈ることを教えてもらったわ。穏やかさと愛しさが溢れて、本当に素晴らしい時間を過ごせるのよ』


 アノスジェンの言葉で互いに見つめ合い手を握り合うカップルが、その手を持ち上げて空いている手を添えると目をつぶった。


 アノスジェンもダゾル湖の方に向き直る。


「今日、来てくださったみなさんに、感謝します。みなさんに幸あることを……」


 一人二人と板面にひざまずいていき、ひざまずく者も立っている者もみながそれぞれに感謝するなにかに祈りを捧げ、厳かな空気が流れた。


 バッシャーンと何かが水面に落ちた音がしてみなが顔を上げると湖の中腹に大きな大きな水しぶきが上がっていた。


「あ! 虹だよ!」


 子供が喜んで指を指す。水しぶきに乱反射した光が一瞬の虹を作った。アノスジェンが祈る。


『水の恵みを。虹がみなに届きますよう』


 霧より細かい水が湖の上を滑りあがり、虹がどんどんと上昇し端が見えないほどの大きなものになった。


 その帰り道、祈ることがまだわからない子供たちは親たちに話をした。両手を広げて興奮している。


「あのね。すっごく大きなヘビさんがバッシャーンって飛び跳ねて虹を作ってくれたんだよ」


「まあ、そうなの。素敵な物語ね」


 親たちは純粋な我が子を愛おしく思った。 

お付き合いいただきありがとうございます。

毎日夜6:40更新


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