86 信書
フオジスト王国は東側は正三角形西側は正方形の形をしていて、王都は2つの形の接合面の真ん中あたりにある。北西の正三角形の一辺がマレガード王国に接しており、キンガース公爵領は反対側の北東に位置している。国の北側一帯は広い森とダゾル湖、さらにその奥に山脈が並び、その中の一部がキンガース公爵領から見えるバベスト山だ。キンガース公爵邸は自領の最北西にあり、ダゾル湖はキンガース公爵領から西側に広々と広がる。
アノスジェンがフオジスト王国へ来てから半年が過ぎている。王城のゲイリック王太子の執務室でゲイリック王太子が眉を寄せていた。
「北西部の税収が軒並み上がっているが、何か心当たりは?」
「はい。豊作、家畜の良質が続いていてるためのようです」
「だが、この3か月の伸びは尋常ではなかろう?」
「領民への食料も生き渡り、商人へ売り始めたことが要因ですね」
コンラッド執務次官がパラパラと資料をめくりながら説明していく。
「商人が動くなら北西部に限ったことではないだろう。他の地域も増えている。たが、北西部の伸びが他と違うのだ。各地の商団の動きを調査しろ」
1週間後、調査報告書がゲイリック王太子に届き、ゲイリック王太子は不可解で何度も同じところを確認した。
国全体の流通の中で、北西部へ向かっているものが大幅に増えていたのだ。そして、その北西部から、マレガード王国へ流れていた。
「なぜ、マレガード王国にこれほどまでの食料を売り込んでいるのだ?」
「そちらの調査部はまだ戻ってまいりませんので、戻り次第ご報告いたします。それと、国王陛下宛に信書が届いておりまして……国王陛下が開封せずにこちらへ送ってこられました」
信書とは、立場が同等かそれに近い者からの書簡である。国内でも国王へ信書を送れるのは公爵家だけだ。その内容は国王が確認してから処理すべき各部署へ送られていくのだが、最近は国王は中身を確認すると全てゲイリック王太子へ送り、ゲイリック王太子から部署へまわされ対応していっている。
「開きもせずに俺に回るとは……いったい誰からだ?」
「クィント・セレアン伯爵。アノスジェン・セレアン様のお父上でございます」
「…………もう一度……」
「クィント・セレアン伯爵でございます」
「なるほどな。陛下はアノスジェンのことは俺に全面的に任せるということか。まあ、陛下が引退するきっかけの一つなのは間違いないから妥当ではあるな」
嘆息しながら信書を開く。読むほどに眉間に皺が寄っていく。
「なんとも厚かましいが、こちらとしても王女の婿とできなかった負い目があるからな……」
ゲイリック王太子は執務官たちに「読め」と、それを投げた。
長々と書かれているが、要は「大事な息子を婿入りさせたのだから、それなりの補償をしろ」という内容だった。
「国と国で決めた婚姻でございますよ。こちらからの嫁入り婿入りなら馬車5台や10台で行かせるような縁組です。それをこちらの足元を見るように手ぶらで来させたではありませんか。それも……たった三人の護衛で……」
実際、キンガース公爵家の長女が隣国へ嫁いだ時には、王家から馬車5台、キンガース公爵家から馬車10台、それに合わせての護衛が60人の大名行列での輿入れだった。相手への贈り物や本人の荷物を合わせると自然にそれくらいになったのだ。
「旅商人のように送ってきておいて、『大切な息子』とは……こちらをバカにしているとしか思えません」
「アノスジェンが来てから、マレガード王国からの書簡は?」
「……特筆すべきことはございません」
「は? 到着したと信書を出したよな?」
「『了承した』旨の内容のみでしたので、受け取り期日を記載し、破棄いたしました」
「その後、贈り物も贈るよう指示したはずだが?」
「『感謝する』旨の内容のみでしたので、受け取り期日を記載し、破棄いたしました」
「はあああ」と首をうなだれるほどに息を吐く。
「確かにな……近頃、国内が忙しくて気がまわっていなかったけどな……」
好転しているとはいえ、浮かれているだけでは為政者ではない。その理由を考え対応し、暗転してしまった場合の対策までも考えておかねばならない。そのためにゲイリック王太子は寝る時間もない。
「何にせよ。俺が決められることではない。キンガース公爵へ早馬を出せ。その際、セレアン伯爵家とアノスジェンまたはキンガース公爵家との間で書簡を確認できるものだけでもあれば助かると伝えてくれ。話はキンガース公爵がこちらに来てからだ」
執務官たちも動き出し、ゲイリック王太子も再び机に向かった。
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