8 小屋
本日2話目
アノスジェンはそれでも小川での祈りはやめなかった。誰も起きていない時間に動き出し、祈りを捧げる。
「ご飯も食べています。マナーも教えてもらってます。僕のためにしてくれて感謝しています。ありがとうございます。ルートン兄様がつつがなく過ごせますように。みなさんがご健勝でいられますように」
アノスジェンにとってこの祈りだけが母親モニィシャと繫がっていた証となっていた。
十一歳になるとアノスジェンとルートンの体格差が目に見えて差となっていた。ある日、セレアン伯爵が屋根裏部屋へ乗り込んできた。
「なんだ、お前のその体型は! ワシらがきちんと育てていないと世間にアピールしているのかっ! 今日、侯爵閣下に嫌味を言われたのだぞ。このバカ者がっ!」
杖で殴りつけ、蹲ったアノスジェンにも遠慮なく振り下ろされる。聞きつけたセレアン伯爵夫人とルートンもそこへやってきた。
「貴方、殺してしまうわけにはいかないのよ。もうその辺にしておいて。これからは社交に出さないわ。相応の年になったら教会へ入れましょう」
「そうだな。それまで軟禁しておけ」
「父上、それは可哀想だよ。アノスジェンに自由を与えてあげて。そうだ。また別邸へ行かせるのはどうだろう」
メイドたちは頰を染め「ルートン様はなんて優しいのかしら」と口々に褒める。ルートンは父親がアノスジェンに対してケチで別邸など充てがうはずがないことを知っていて『使用人部屋の端になればいいんだ。そして使用人になれ』と考えての発言だったが、使用人たちは普段のルートンの笑顔からコロリと騙されていた。
「そんなものは無駄遣いだ。確か、ほとりのそばに昔の木こり小屋があったな。そちらへ移せ」
ルートンは予想以上の展開にニヤつきを必死に押さえていて、セレアン伯爵夫人は扇に隠しながら目の憂いと口元の卑下した笑いは別物になっていた。
アノスジェンのボロ小屋での生活が始まった。日に一度か二度運ばれてくる食事以外はやることはボロ小屋の掃除。ボロ小屋掃除を面倒だと思っていたメイドから「毎日あんたがやりなさいよ。これは置いていくわ」と掃除用具を押し付けられた。
朝のお祈りに気兼ねなく行けるようになったのはアノスジェンにとって何よりも幸せなことだった。
「ルートン兄様のおかげで自由にお祈りへ来ることができるようになりました。感謝しています」
そんな生活も慣れる前に壊れた。引っ越して1週間、ガタイのいい男が朝飯を持ってきた。これまではトレーで運ばれていた食事も紙袋に変わっていた。男は小屋のテーブルに置く。
「これを食べたら仕事だ。タダで飯が食えると思うな。これも伯爵様のご慈悲だ」
「僕にできることは頑張ります」
「お前みたいな役立たずに何をやらせられるっていうんだ。伯爵様もお優しすぎる。こんなやつ捨てちまえばいいのに……」
その言葉を言われて当然だと思っているアノスジェンは悲しくはなるが、ショックではない。ドアを力いっぱい閉めて出ていくのを見送り、食事の袋を開けた。ふわふわのパンが2つとバーニが1本。十歳の体のアノスジェンには十分な朝食だった。これが1年もしないうちに堅いパンになったり、個数が減ったり、カビたパンになったりするのだが、この時のアノスジェンは食事を喜んでいた。
アノスジェンの仕事と言っても、屋敷内に入らせることはセレアン伯爵に禁止されているし、十歳の体では重い仕事はできないし、結局は草取りと水まき、薪を棚に運ぶことしかできない。
庭に設置してある大きな平桶から手持ち桶に水を移して柄杓で花壇に水を撒いていく。
「あんた、水の大家の息子でしょう? 私だってこれくらいできるわよ」
メイドが水魔法であたり一帯の花壇に水を撒いた。
「すごいですね!」
褒められたはずなのにメイドは不機嫌になった。
「これくらい凄くも何ともないわ。貴族なら誰でもできるのよ。男爵家出身の私でもねっ。自分がどれだけグズなのか自覚しなさいよ。残りの花壇に水やり終わらないと飯はないからねっ」
アノスジェンはその後、必死になって水やりし、なんとか夕食を抜かれなかった。
「あの女の人が手伝ってくれたから終わりました。感謝しています」
月夜に感謝の祈りを捧げていた。
10話まで毎日2話ずつ投稿
夜8:00
頑張ります!
ブックマーク嬉しいです。
★嬉しいです!
明日もよろしくお願いします。




