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79 挨拶

 7月下旬になり、教会の下級司祭はほとんど水まきの巡礼にまわされた。

 セレアン伯爵邸の食堂でグラスの割れる音が響く。


「なんだこのワインは! 3流のワインなど出すな」


 クィント・セレアン伯爵は立ち上がりワイン瓶を握るとメイドに向かって投げつけた。


「旦那様。予算の問題がございまして……」


 会計も担当している執事が説明するが、最近お布施や貴族からの寄付が少ないことはセレアン伯爵が一番わかっているので火に油を注いだだけだった。口を開いた執事へ皿が飛ぶ。


「このステーキも美味くない……」


 ルートンは皿を持ち上げ自分の脇に落とした。ルートンの隣には粉々になった料理皿が山になっていく。最近荒々しくなったルートンにメイドたちは戸惑っていた。『以前はあんなに優しくて紳士だったのに、人が変わったようだ』と使用人たちの間で話題になっている。メイドのベラーナはベッドで殴られることもあり、部屋に呼ばれることに恐怖を感じていた。


 セレアン伯爵はドンとテーブルを殴る。


「どいつもこいつも我が家のせいにしおって! 自分たちが管理するやつらの水魔法が弱くなったことまで、なんで我が家の責任になるのだっ! 体調管理不足など知ったことか」


「気分が悪いわ……」


 セレアン伯爵夫人は二人の八つ当たりターゲットにされてはたまらないとさっさと食堂から出ていった。


「キサマも! なぜあんなに不甲斐ない祈祷をするのだ。水柱が2本だと。下級司祭でもできるぞ」


「観客もいないのに、本気を出してどうするのさ? いざというときのために力を溜めているんだよ。俺ももういいや。こんな不味い飯いらない」


 苦々しい醜い顔をしたルートンは『力入れてやってるっつうの! なんならお前のカスみたいな水魔法でやってみやがれ』と椅子を倒して立ち上がるとツカツカと出ていった。

 教会の女たちは次々に地方へ送られ祈祷の後の楽しみがないこともやる気を削いでいる。『あの女で我慢するか』と専属メイドのベルを鳴らした。

 食堂に残ったセレアン伯爵は癇癪を起こしていた。


「もういい! 酒を持ってこいっ!」


「しかし……その……」


「不味くてもいいから持ってこい!」


 セレアン伯爵は酔わずにいられなかった。


*****


 アノスジェンたちはフオジスト王国王都にあるキンガース公爵家別邸に来ていた。領地本邸ではないため、アノスジェン付きになったワディンは張り切って世話をしている。

 パーティ当日は朝から大忙しだ。大層な身支度の時は女性使用人にやってもらうことに慣れてきたアノスジェンは今日も成すがままに任せている。


 パーティよりだいぶ早めの時間に玄関に集まることになっている。アノスジェンとディジリーナが両手を握りあって照れながらチラチラと見合っている姿を階段を下りながら見かけてしまったキンガース公爵は咳払いをして自身の登場を知らせる。慌てるアノスジェンと恨めしそうに見るディジリーナ。


「野暮ねぇ」


「お前たちに合わせていたら時間がいくらあっても足りんわ」


「しかたないわ。アンがステキなんだもの」


「ペギーもきれいだよ」


「もう! 嬉しいわっ!」


 夫婦漫才を聞いていられないと抱き合う二人の脇を素通りして玄関へと向かい、三人で馬車に乗り込み王城へ向かった。

 

 まだ誰も到着していない王城を軽快に進み、国王の執務室へ赴いた。三人が厳格な礼をすると上座に座る国王の左側のソファをすすめられた。反対側にはゲイリック第一王子と王妃が座っている。キンガース公爵がアノスジェンの背を少し押して国王から一番近い場所に座り、その隣にキンガース公爵とディジリーナが座る。


「パーティの前に悪いな。直接話をしたくてな」


 キンガース公爵は『国王陛下はずいぶんとやつれたな』と思いながら、国王の言葉に耳を傾けた。視線を移すと王妃も覇気がないように見える。


「アノスジェン・セレアン君。我が国での婚姻を受け入れてくれてありがとう。キンガース公爵家ではつつがなく生活できているか?」


「はい。とてもよくしてもらっております。私も素晴らしい伴侶をえられることになり大変幸せに感じております」


 ディジリーナが頬を染めてうつむき、王妃がそれを微笑ましく見つめた。


「そうか。ゲイリックから聞いておったが、二人は仲睦まじいようだな。スペンディーノ、そちにも感謝しておる。これからもゲイリックのよき相談相手になってやってくれ」


「かしこまりました。当家は王家へ忠誠を誓っております。世代が変わろうともその忠誠が変わることはありません」


 スペンディーノ・キンガース公爵とディジリーナが深々と頭を下げた。


「これからもよろしく頼む。ディジリーナ小女公爵もアノスジェン君とともに我が国の発展に寄与してくれ」


「もちろんでございます、陛下」


「では、パーティでの詳しい話はゲイリックから聞いてくれ。我々は下がるとしよう」


 国王と王妃が立ち上がったので、三人も立ち上がり、二人が退室するまで頭を下げていた。

お付き合いいただきありがとうございます。

毎日夜6:40更新


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