76 義父
「あれ? ワディンは?」
ミックにベストの袖を通してもらいながらキョロキョロとする。
「今日から騎士団の裏方に研修へ行っております。騎士舎で物資管理や申請書管理、シフト管理に連絡係、配膳まで、今ごろは走り回っていると思いますよ」
「どうして急に?」
「アース様とディナお嬢様との婚約式が終わり一段落しましたから、キンガース公爵家の執事として様々な業務を理解する必要があるからです」
「て、ことは、ワディンが認められたってこと?」
「そう! その通りです! ワディンも張り切っておりました」
「そっかぁ。なら、僕も頑張らなくちゃ!」
アノスジェンが乗馬レッスンへと出ていった。小さなウソに心を痛めながらも「アース様のお心のため!」とミックは自分を納得させた。
乗馬から戻るとキンガース公爵への謁見が許され、そのまま3階にあるキンガース公爵の私室へ向かった。廊下でワディンと遭遇した。ワディンもキンガース公爵への謁見に来たので、二人で並んで歩く。
「騎士団のお仕事はどう?」
「新しい仕事を覚えるのは大変ですが、すごくよくしていただいているので、頑張れます。アース様は女公爵様の旦那様になられるのですから、僕はたくさんの仕事を覚えてずっと支えたいです。いつか執事長になります!」
「それは頼もしいですね」
二人がびっくりして振り返るとショーン執事長が後ろを歩いていた。二人は思わず止まってしまった。
「ほっほっほ。頼もしい部下ができるのはとても喜ばしいです。これからも精進しなさい」
ショーン執事長は本当に嬉しそうにワディンの肩を叩きながら二人を抜いた。そして、ドアをノックして開く。
「アース様、こちらへどうぞ」
ワディンは早歩きでショーン執事長に並び、アノスジェンに頭を下げて道を示した。
「二人とも、ありがとう」
『ワディンが頑張っているんだから、僕も恥ずかしくないようにしなきゃ』
優雅さが少しだけ身についてきたアノスジェンが胸を張って二人の前を通る。すでにディジリーナはベッドの横におり、その後ろにニールとトビー、反対側にヘリンが立っている。アノスジェンはヘリンとベッドの間に立った。ショーン執事長とワディンはヘリンのさらに後方に立つ。
「アース。よく来てくれた。心配かけてすまんな。お前の体調はどうだ? 力を使ったそうだが、反動などはないのか?」
「僕は元気です。閣下のおかげでワディンを助けられました。ありがとうございます。ご体調はいかがですか?」
「ああ。もうだいぶ回復しているのだが、うるさいやつらが仕事へ行かせてくれんのだ」
ディジリーナが「もう!」と肩を叩き、ショーン執事長が軽く咳払いをする。
「閣下のことが大切だからです。おやすみになるチャンスだと思ってください」
「チャンスか。そうだな。ためていた本でも読むことにしよう。そうだ、アース。婚約式も済んだのだ。そろそろワシを父と呼んではくれまいか?」
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。遠くの娘婿は立場上、ワシを父とは呼べぬ。息子から父と呼ばれたことがないのだ」
長女の夫は隣国の王太子で子供も生まれたので近々国王になる予定だ。
アノスジェンは大きな目に涙を浮かべ、キンガース公爵の左手を両手で包んだ。
「お義父さん……」
「ああ、アース。ワシの息子よ。来年には一緒に酒を酌み交わそう」
「はいっ!」
またしてもトビーの泣き声が響き、ヘリンが『雰囲気を壊すな』とあきれ顔をし、ニールはヘリンの代わりにひじ打ちをする。みなでしばらく会話を楽しみ退出した。ニールとトビーとワディンは騎士舎へと戻って行った。ディジリーナはまだキンガース公爵の隣にいる。
「ヘリン、ベストスーツ姿が似合っているよ」
筋肉もりもりのニールとトビーとは違い、細マッチョのヘリンは執務官の制服であるウエストが絞られたベストがよく似合う。ヘリンがベストの襟を上から下へ撫でる。
「そうですか? 嬉しいです。あ、アース様、そちらではありません」
おしゃべりしながら一緒に並行して少しいくと、ヘリンは足を停めたのに、アノスジェンは階段へと歩いていこうとした。
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