75 事故
ワディン誘拐事件から4日目。尋問室で待つディジリーナの前には水でじっくりと洗われたロンが通された。3日間の拷問で頬はやつれ体はあざだらけだ。椅子に縛り付けられて、ノアニス騎士隊長に無理やり上を向かされる。
「ローランド・ガドリグ」
ロンはビクリとしてディジリーナを見つめた。
「あら、間違えたわ。まだ息子だと認められていないのだったわね」
「どうしてそれを……」
昨夜遅くに外部調査部からの報告書がディジリーナへ届けられていた。
「ガドリグ伯爵家にはすでに嫡男がいるわ。それなのにこれまで認めてこなかった息子に声をかけるなんてどういつもりかしら。
いくら血がつながっていたって、お前がアイツにそこまでするだけの価値があるの?」
ローランドの目が泳ぐ。
「そうよね。あの男にその価値はない。でも、母親なら話は別ね」
ローランドと母親が暮らしてきた住居にここ一ヶ月母親は帰ってきていないことがわかっている。
「それで? 母親が開放される本当の条件は何だったの?」
睡眠不足と栄養不足で朦朧とし、母親のことを知られていることがわかり観念したローランドはすべてを諦め、思考を停止し、すべての質問にペラペラと答えた。
ローランドはガドリグ伯爵邸にある監禁施設へ送られてくる奴隷を管理する仕事をやらされていた。だが、1か月ほど前、別の仕事をやらされることになった。それが今回の誘拐で、やはり、最初のターゲットはアノスジェンだった。
「俺に拉致させて奴隷施設に連れていき、それをガドリグが助けて恩を売るという筋書きでした」
だが、ニールたちが常に一緒で手を出せるタイミングがまるでなかった。キンガース公爵家に入ってからは尚更スキなどありはしない。ならば、婚約式が終わる数日なら、キンガース公爵家も忙しさで手薄になるだろうと様子見することになり、だからこそ、本来2日後に行動する予定だった。急な呼び出しで行ってみれば、婚約式のパーティ真っ最中であり、ターゲットを変更すると言われた。
「『アノスジェンをこの国の婿にするならどこでもいいのではないのかっ! 王家までキンガース公爵家に肩入れするなんて、王家を敵に回すわけにはいかない』とガドリグ伯爵が言っていた」と証言した。
新たなターゲットの容姿を確認していたところ、本人が通りかかり、拉致となった。
「どうして執事の者を拐うことになったの?」
「理由は知らない。だが、あの坊主はガドリグ伯爵の好みの容姿をしている」
「は? 好み? どういうこと?」
「嗜虐趣味なのは、ガドリグ伯爵本人だ。奴隷オークションも自分の趣向の延長さ」
ディジリーナは吐き気を我慢して思いっきり顰め面をする。
それから先の計画も聞き出し、ローランドを少しはまともな牢へと戻した。
「さて、今後のためにも、とりあえず相手を油断させる。明日、やっておいてちょうだい」
次の日、ガドリグ伯爵領の領都で噂があがった。2日ほど前にキンガース公爵領とガドリグ伯爵領の間にある男爵領で馬車事故があり、馬車が川に転落した。ガドリグ伯爵領に漂着したのは馬車の一部と男性と少年の死体。二人は腐敗が始まっていたためすぐに埋葬した。埋葬した人たちが男の容姿や服装を広め、「ご家族がいれば埋葬場所を教えたい」と訴えている。
外注の仕入れ業者、メイド、執事、執事長を通してガドリグ伯爵にも耳に入った。
「何? 男爵領の馬車事故で流れついたのは、執事服を着た子供と茶髪に緑の目の男だと!」
身内かもしれないとは言えないガドリグ伯爵は苦虫を噛み潰した顔をする。
『ワシのおもちゃを死なせるなど、なんという役立たず。これだから外にできたガキなどゴミなんだ。くそっ! 明日にでもあの女を始末してやる』
だが、その夜に別の事件が起きた。朝になりガドリグ伯爵に報告が入る。
ガドリグ伯爵領都の端にある屋敷で火事があり、火から逃げ出した人物が川に落ちたという。ドボンという音を数人が耳にしている。
報告をしたのは、その屋敷の見張りをしていた者。裏手から火の手があがり、どうしようもなかったのだと平身低頭で謝っていた。ガドリグ伯爵は1か月以上も働かせた見張りたちに給料を払わずに追い出した。
『あんな掘っ立て小屋の損害だけで、処分しようと思っていた女を何の障害もなく消せて、殺しを頼む金も口を封じる金も浮いたのだから何の問題もない。さらに見張りのヤツらに金を払わずに済んで儲けもんだ』
グフフフフと地を這う笑いを浮かべていた。
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