74 黒幕
さらに翌日、公爵邸の騎士舎の地下牢では犯人たちの拷問が続いていた。当日の夜中、早々に陥落した五人もさらなる拷問を受けたがそれ以上の情報は持っていなかった。残るはロンと呼ばれた男だけ。
「とにかく寝せるな。食わせるな。飲ませるな。明日に見に来る」
ノアニク・リガード騎士隊長は無表情で出ていった。副団長室へと向かう。ディジリーナ同様、自分の甘さを悔いていた。貴族が相手なら間違いなく手を後ろ手に縛り付け口に布を噛ませていた。高等な窃盗団、盗賊団に対してもそうしてきた。彼らの中には貴族崩れがいることがあるからだ。だが、どう見てもならず者で、窃盗団に入るほどの魔力も知識も度胸もなさそうなヤツらだと考えたのだ。
『腕を切りとってやればよかった!』
八つ当たりに壁を蹴る。ノアニク騎士隊長が基本的には紳士だと知っている騎士たちがビクビクしながら後ろをついていく。
「ここで待機」
騎士たちに命令し、副団長室へと入っていく。
「まだ何も吐きません」
「そう。つまり、黒幕であるガドリグ伯爵にかなり近い者だってことね」
ディジリーナは机の向こうで椅子に座り、腕を胸の前で組み、氷のような視線をノアニク騎士隊長へと向けた。
すでにワディンの証言で黒幕は確定していた。ガドリグ伯爵はアノスジェンに振られた伯爵家だ。ただ、アノスジェンではなく、ワディンを狙った理由がわからないため、容易く動けないでいた。
特に、ロン以外の犯人から「実行は本来2日後だった」と証言があり、尚更犯行理由が不明だ。
そこへ外へ調査に出ていた者が帰ってきて副団長室へやってきた。わずかな挨拶で報告が始まる。
「6日後にガドリグ伯爵家で奴隷オークションが開催される予定になっております。月に一度開催されております」
フオジスト王国では奴隷は違法ではない。とはいえ、奴隷制度に対して好悪はあるもので、キンガース公爵はこれを嫌っている。
「ワディンは誘拐はされましたが、ほぼ無傷でした。商品と考えれば納得では」
「でも、奴隷にされているのを他の貴族家ででも見つかれば意味ないじゃない」
「ガドリグ伯爵家の奴隷オークションには特別枠があって、金を積めばオークションに出す前の商品を得られ、それらは大抵表に出さない奴隷になることが多いようです」
表に出さない奴隷とは、性奴隷や嗜虐奴隷などだ。彼らは自分のモノを自分以外が攻撃することを嫌い「きれいな商品」を好む。
「気持ち悪いっ。本当に胸クソ悪くなる話ね。でも、それって裏取引? それは収支は表明しているのかしら?」
奴隷売買制度が廃止されていない背景には、この制度に多額の税が掛けられていることがある。
「かしこまりました。調べてまいります」
外部調査部は音も立てずに出ていった。
「いくら彼らでも6日後には間に合いませんね」
「それは仕方がないわ。確実に仕留めたいもの。月に一度あるならチャンスはまだあるわ。結婚式までに決着をつけるわよ」
「かしこまりました。こちらも尋問を続けます」
ノアニク騎士隊長は恭しく礼をとって退室した。
「あのクソ野郎。私たちが公爵家だから権力を振るっているって吹聴しているクズが」
婚約式の日、主役たちが退席後のパーティで、「自分たちが先にアノスジェンへプロポーズしたのに、権力で奪っていった」とあちらこちらで口にしているのを使用人たちが耳にしている。
「何が『プロポーズを先にした』よ。嘘ばっかり。アプローチの時点で従者たちに嫌われていたじゃない。アンは彼らをとても大切にしているのよ。彼らを無視してプロポーズできたとして、成功するわけないでしょう!」
ディジリーナは机をガンガンと殴る。
「…………ん? 私も特に彼らを大切にした覚えはないけど……。ショーンはワディンをかわいがっているし、ニールたちは翌日には騎士団を訪れていたみたいだし。そ、そうよ。キンガース公爵家として大切にしたわ」
ディジリーナは自分はアノスジェンに夢中で従者たちに気を配れていないことを実感していた。ディジリーナにとって使用人たちにツラく当たらないことは当然過ぎて、自分とガドリグ伯爵家の対応に大きな差があることをあまり理解していないのだった。
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