72 治癒
ショーン執事長に伝えるとすぐに6人が集まることになった。キンガース公爵はまだ意識がしっかりとは戻っていない。
先に入室したショーン執事長からワディンは軽傷ですでに仕事を始めていると聞いて安心した。
ワディンが押すワゴンにはパン粥が乗っている。ワディンは入室し、アノスジェンの笑顔を見るとすぐに涙ぐむ。ベッドのアノスジェンはワディンにむかって両手を広げた。ワディンは走り出して抱きついた。
「アース様、アース様、アース様。私のためにお怪我をなさり申し訳ありません」
「気にしないで。君が無事で本当に嬉しいよ」
「ありがとうございます。あ! お怪我をなさっているのに、このようなことを! 申し訳ありません! お背中、痛かったですよね」
慌てて離れるが、ベッドの反対側に立つディジリーナが「大丈夫よ」と微笑んだ。
「そのことで集まってもらったの。率直に言うと、アンの怪我は治ったわ」
アノスジェンとディジリーナの顔を交互に見て驚いている。
「あの不思議な力の一つですか?」
ヘリンはこれまでアノスジェンといろいろな資料を見ながらこの力について調べてきたので、すぐに思い当たった。
「たぶん、そうだと思う。セレアン伯爵家でも現れていた現象なんだけど、僕自身もすっかり忘れてた。報告しなくてごめんね」
ヘリンは手を横に振り「いえいえ、そんな」とかえって恐縮する。
「俺たちとの旅で怪我をすることもありませんでしたから、考慮されなくても当然でしょう。何にせよ、アース様がご回復なさって良かったです」
ニールは昨夜腕の中で力なく青白い顔をしていたアノスジェンを思い眠れぬ夜となっていた。ヘリンは考えを巡らせていた。
「怪我の回復、食料の調達、危険察知。その不思議な力は少なくともアース様を守るために働いているようですね」
「アース様……。もしや、セレアン伯爵家で生きてこられたのは、この力によるものですか?」
ワディンの顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「だとしたら、どれだけお辛かったのでしょう。治るといっても痛みがないわけではありませんよね。食料を調達できたって、あの森で美味しいものが食べられたわけではありませんよね。危険を察知して食べなかったとしてもお腹が満たされたわけではありませんよね。私は何も知らず……本当に申し訳ありません」
アノスジェンの手を握ったまま膝から崩れ落ちた。握られていない方の手で頭を撫でる。
「あの家のことは君のせいじゃないじゃないか。あそこを出る前の数ヶ月、君が助けてくれていたことは忘れないよ。そして、ここまでついてきてくれて、今も僕のお世話をしてくれている。ワディン、君には感謝しかない。こんなことで君に報いることができるとは思っていないのだけど、これからも側にいてくれたら嬉しい」
「もちろんです、もちろんです、アース様。どこまでもお供させてください」
トビーの泣き声が響いていた。
「キンガース公爵閣下はどうされたの?」
アノスジェンはずっと気になっていたことを尋ねた。ディジリーナがアノスジェンの肩に手を置いた。
「魔力回復のために休んでいるだけよ。少し時間はかかるけど、体に影響があるわけではないから大丈夫」
「はい。お目覚めになる都度、お食事を召し上がりになりまたおやすみしていらっしゃれば回復いたします。先ほども粥を召し上がられてからお眠りになりました。その際、事件の報告をいたしまして、アース様のご容態も気にされておられました。次にお目覚めになりましたら、回復のご報告をしておきますね」
「よろしくね。僕はもう大丈夫だから」
ショーン執事長がパンと手を一つ叩く。
「それならば、パン粥では物足りませんね。ご朝食を用意いたしましょう。アース様とディナお嬢様はこちらのお部屋で。ワディン、お世話をしなさい。お嬢様、今後のためにライラにはお話をしておいた方がよろしいかと」
「そうね。ワディン、ライラと一緒に給仕をしてちょうだい」
「かしこまりました」
「では、我々はこれで。アース様、またのちほど伺います」
それぞれの仕事に戻っていった。
食事の後、ライラにアノスジェンの力について説明をした。とはいえ、わからないことが多いので、「アノスジェンは不思議な力を持っている」ことの事例を話すことしかできないのだが。
「かしこまりました。お話いただきありがとうございます。ワディンとともにアース様のフォローをできるよう努めてまいります」
ライラはいつものようにクールに答えたが、ディジリーナは気合が入っていることを感じとれ、ライラに気が付かれないように微笑した。つもりだったが、頭をあげたライラにチロリと睨まれて「おほほ」と誤魔化した。
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