71 回復
騎士団の鍛錬で早起きに慣れているディジリーナは自然に目を覚ますと、アノスジェンの元へとゆく。
「アン、おはよう。今日もいい天気よ。いつものように一緒にお茶しましょう」
泣き笑顔で寝ているアノスジェンの銀色の髪に優しく触れた。
その時、アノスジェンは夢を見ていた。とてもリアルで頭がすっきりしている感覚が不思議だった。
それはいつもの朝のお祈りの場所でアノスジェンは一人で立ち、水分を含む気持ちのよい風を胸いっぱいに吸い込んだ。湖面が大きく揺らぐと人の大きさほどになったアズリューが水の中から現れて、アノスジェンと同じ目線で宙に留まった。
「すごいかっこよくなったね。背中に翼も見えるよ」
「ふんっ! 我が本気になればこんなものではないわい。それにしても、おヌシが怪我が多いヤツだということをすっかり忘れていた」
「やっぱり、あの頃に治してくれていたのは君だったんだね」
アノスジェンはマレガード王国のセレアン伯爵家では毎日のように怪我をしていたが、翌朝にはほぼ回復していた。キンガース公爵邸での生活で朝のお祈りをゆっくりとできるようになり、アズリューの不思議な力を感じとっていた。
「おヌシが怪我を負って生活に支障がでることは我にも影響があるからな」
フイッと横を向くアズリューの照れ隠しにふふふと笑った。アズリューがギロリと睨む。
「よいか。いくら我とおヌシの絆でも生死には関与できぬ。無理はするでないぞ」
セレアン伯爵家では、怪我にせよ、食事にせよ、生死をさまようほどのことはなかった。食事に関しては森での採取や、危険な食事への警告的感知によるものだが。
今回は当たりどころが悪ければ何が起きたかわからない状況だった。
「そろそろ目を覚ませ。おヌシを心配している者たちがいる」
「うん! ありがとう! また来るね」
アノスジェンが手を振るとアズリューは跳ね上がり飛んでいくと湖の中腹に消えていった。
それと同時に目を開けると心配そうに涙を浮かべるディジリーナの目が合った。
「ペギー、おはよう。心配かけてごめんなさい」
一度止まったディジリーナだが、涙が溢れ、アノスジェンの首に抱きついた。
「ああ! アン、アン! 目を覚ましてくれてありがとう!」
ディジリーナの肩先をポンポンと叩く。
「みんなも心配しているわ。声をかけてくるわね」
「待って!」
立ち上がったディジリーナの手首を掴んだ。手を離すとむくりと起き上がりパジャマのボタンを外し始める。
「アン……どうしたの?」
アノスジェンの行動に理解ができず、うろたえて手を小さく動かししどろもどろになる。アノスジェンは何も言わずにパジャマを脱いだ。そして胸のところにある包帯の結び目を外して、包帯をすっかり取った。
「見てほしいんだ……」
アノスジェンの声は恐怖が混ざり震えている。怪我がすぐに治るのは気持ち悪がられるとセレアン伯爵家で学んだ。アズリューもそれを知っていて顔の怪我だけは治さなかったのだとわかる。それでも、ディジリーナに秘密を持ちたくなかった。
どちらにせよ、セレアン伯爵家と違い医者を手配されるのはわかっているのだからいずれバレてしまうのだ。受け入れられるにしても、拒絶されるにしても自分から伝えたいと思った。
アノスジェンの様子に慎重に近づき背中を見た。驚愕で目を見開き、思わず背に触れる。
「痛みは?」
「無いよ。気持ち悪いよね……」
「ううん、貴方に痛みが無くて安堵しているわ。嬉しいくらいよ。………………これは貴方の不思議な力の一つなの? ニールたちから少しだけ聞いているの」
「よくわからないんだけどたぶんそうなんだと思う。セレアン伯爵家にいたときからこんな感じだったんだ。彼らには知られないようにしていたんだけど」
「そうなのね。私は貴方の家族を知らないけど、聞く限りでは、いい判断だったと思うわ」
「僕のこと……怖くない? 嫌いになる?」
「嫌いになんてならないわっ! すごく嬉しい誤算よ。不思議だとは思うけど、怖くなんてない。貴方を守ってくれている力だなんて、喜びしかないわ」
ディジリーナはアノスジェンの首元をもう一度抱きしめた。
「この力を授けてくださった神様に感謝いたします。私の愛しい人をお守りいただいてありがとうございます」
ディジリーナの腕に触れながら涙を留められなかった。しばらくそうしてから、ディジリーナはアノスジェンの頭を撫でて離れた。
「わかったわ。知らせるメンバーをきちんと選ぶわね。さあ、お水を飲んで。ここで待っててね」
アノスジェンの肩にパジャマとブランケットをかけると部屋を出ていった。
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