68 失踪
主役たちが退場しても、せっかくの機会だと社交を続ける来客者たちにとって、大広間はそのままパーティ会場となった。もともと披露宴を予定していないとはいえ、そこはショーン執事長の差配によって軽食が次々に並べられていく。
ワディンは昼食を取らずに式に臨んだ主人を思いやり、「出している軽食を少しいただこう」と厨房への道を急いだ。玄関を通り廊下をぐるりとまわるより、外からの方が早いと知っているので、さっと裏庭へまわった。裏の門のあたりで話をしている数人の人垣が見えたのたが、その一人は貴族服を着ており、今日の来客者であるようだ。『他人の家のこんなところまで入るなんて、なんて非常識なんだろう』とワディンは眉を寄せた。
「お客様。こちらは邸の者が利用する門でございます。大広間までご案内いたします」
見覚えがある顔が振り返る。
「おお。俺はやはり持ってるものが違うようだ。まさか獲物が自分から飛び込んでくるとはな。さあ、こいつだ。連れて行け」
ワディンは相手の顔を思い出せないまま、乱入してきた男たちに腹を殴られ気を失った。
ミックの手伝いを借りて着替えたアノスジェンが部屋を見渡す。
「ワディンは? 公爵閣下が僕と一緒に下がるようにって言ってたけど」
「アース様に軽食をお持ちすると言って厨房へ向かいました」
「そうなんだね。ねえ、ミック。ペギーにも声かけてくれるかい。ペギーとワディンとミックと、あと、ライラも。みんなで食べたいからたくさん持ってきてって伝えてくれる?」
「ふふふ。わかりました。では、私もディナお嬢様にお声掛けをして、厨房へ行ってまいりますね。今日の軽食は豪華ですよ」
ミックが出ていって10分も経たないうちにディジリーナが専属侍女ライラを伴ってやってきた。ライラが早速お茶を淹れる。
「アンたら、あんないたずらを考えていたなんてずるいわ」
ディジリーナは上座に座るアノスジェンの手を引いて二人掛けソファに並んで座り、しっかりと腕を組んだ。アノスジェンは顔を真っ赤にして組まれていない方の手を額のあたりに当て、顔を隠そうとする。
「だって、あんまりにもペギーがきれいだったから……」
ディジリーナはニヤケが止まらないながらも小悪魔モードが発動していた。
「だったから……どうしたの?」
アノスジェンのほっぺをぷにっと指す。
「ど、どうって……その……『きれいだ』って声も『かわいい』って声も聞こえていたし、『天使だって』言っている人もいたし……」
『『かわいい』や『天使』はアース様のことですよ』
ライラはさすがにまだアノスジェンにするどいツッコミは入れられない。
笑顔のままでアノスジェンをじっと見つめるディジリーナは言葉を待つ気満々である。視線に耐えられなくなり叫ぶように口にした。
「僕たち、今日、婚約したでしょう。ペギーと歩くのは僕だってみんなに言いたかったんだよ」
ディジリーナの手を振り払い両手で顔を隠して、さらには膝の上に被さり手で赤い耳まで隠した。
「ディナお嬢様。嫌われますよ」
「え!? うそでしょっ?」
「わかっているくせに意地悪で聞かれたらどう思いますか?」
「いつもライラにやられているから気が付かなかったわ。あー! ごめんねダーリン。本当にありがとう。私、感動したのよ」
ディジリーナが必死にいいわけをしていると慌てたような激しめのノック音がした。入ってきたのはミックだった。料理のワゴンを押している様子もない。
「まだ、確定ではないのですが、ワディンが見当たりません。今もスタッフで探しているのですが、所在がわからないのです」
ミックが汗を拭いながら説明していると再びノックの音がして、ショーン執事長が入室した。
「おくつろぎのところ、申し訳ございません。裏門でこちらを発見いたしました。また、裏門から見たことのない人物の後姿が目撃され、目撃した調理スタッフから『新しい入荷商店があるのか』と問い合わせがありました。この2つは偶然でないかもしれません」
ショーン執事長から受け取ったのは、アノスジェンとワディンがマレガード王国の国境街でお揃いで買ったハンカチだった。
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