65 闇
マレガード王国では、6月中旬になっても雨はまだ時々しか降らない。山からの恵みで潤っているはずの川もだいぶ水位を減らしているが、水魔法を得意としていると自負しているマレガード王国民は川の水位など気にしない。
大聖堂の中庭にある大きな池の中腹の白い石造りの祈り所では、ルートンがひざまずいていた。後姿は祈っているように見えるが、心の中は毒づいている。
『ちきしょう。なんで俺が観衆もいないところでこんなことしなきゃいけないんだよ。かっこよく見られなきゃやる意味ないっつうの。
雨が振らねぇのが、なんで俺のせいなんだよ。こんなの自然災害だろう。自分らの水魔法でどうにかすりゃいいじゃねぇか』
チラリと後を振り向くと父親であるクィント・セレアン伯爵と数名の重鎮と言われる貴族が見ている。平民などの黄色い歓声はない。
「水の神よ。我らに清き恵みを! ウォルピラー」
いつのもように呪文は最小限の声で呟くので後ろには聞こえない。水柱が3本立った。
「ふむ。随分と小さい水柱だな。神の恵みが減っているのではないか?」
重鎮貴族の睨みにセレアン伯爵は慌てる。
「いえ、神の恵みはここに水柱を減らすことで、国土へと巡っているのです」
「君も祈ったらどうだね?」
「私は朝から祈祷室でお祈りしておりますので、今は疲弊してしまって」
ルートンが祈り所から帰って来る前に貴族たちは解散してしまった。ルートンを迎える司祭たちも今はいない。国からの強制的な水供給ボランティアで全国に派遣されていて、今教会に残っているのは旅程に体がついていけないお年寄りだけだ。
「いったい何をしているんだっ! なぜ水の神はお前のいうことを聞かないのだ」
『はあ? 何言ってんの? 水の神なんて知らねえよ。俺はみんなが期待するパフォーマンスを見せてやってるじゃねえか』
「父の後を継いだのだ。しっかりと祈祷しろっ!」
この『父』とは、クィントの父親の前セレアン伯爵である。首席水守の役職はクィントは魔力の少なさで引き継ぐことはできなかった。父親が死んだ後、後継者がおらず数年空席となっていたが、ルートンが十歳の時にその力が認められ、数年修行し首席水守となった。
ルートンは首席水守として与えられた部屋につくとそこにあった花瓶を投げつけた。
「なんでうまくいかねぇんだっ」
ルートンには少しだけ心当たりがあった。それはアノスジェンだ。文句を垂れ流しながら貴族らしい衣装に着替えをしていく。
「ヤツがいなくなって、オヤジの矛先が俺に向いたから集中できねぇんだ。殴って発散もできやしねぇ。いても役に立たねえ上に、いなくても迷惑って本当にクズ野郎だ。もうすぐ隣国に出来損ないがバレて突き返されるに決まってる。帰ってきたら閉じ込めておもちゃにしてやる」
椅子を蹴り倒すと外へ出ていく。専属の馬車に貴族用のクラブへと向かわせた。店の中には貴族子息たちが女たちの肩を抱いている。
ルートンは別のテーブルに座ったが、ニヤついた一人が立ち上がりルートンのテーブルに来た。
「あれ? ルートン様じゃないですか。ご祈祷は終わったのですか? なら、きっと外は恵みの大雨ですね。ワッハッハ」
一緒にいた子息やテーブルにいた女たちも笑う。男たちは土魔法を得意とする一族の者たちだった。
「うちは最近忙しくてなかなか祈祷にいけなくてすみませんね。なんせ雨が降らないので、井戸や河川工事が多くて一族が出払ってしまう始末でしてねぇ」
「静かに飲める店だと思ったのですが、随分とガラが悪くなったようですね」
「お高く止まりやがって。お前が手下侍らせて、両手に女抱えているのを何度も見てるんだ。今更紳士ぶるなよ」
これまでは入店すればちやほやする男も女もあっという間に集まり、ルートンを気持ちよくさせる言葉を並べる者たちであふれていた。それを心の中でニヤニヤしながら、だまって聞くことが習慣だった。
「気分が悪い。帰ります」
店を出て慣れた足取りで路地裏を歩く。ターゲットをみつけると少し離れた位置から水魔法で手足を拘束し、顔に水珠をまとわせた。苦しそうにもがいているのをニタリと笑いながら見ている。しばらくすると解除し、肩で息をしているターゲットを観察する。息が整い始めた頃、再び水球を出した。数回続けてターゲットが息絶え絶えで倒れているところに近づき、思いっきり数回蹴飛ばした。
こうして馬車に戻ったルートンはすっきりとした顔をしていた。
お付き合いいただきありがとうございます。
毎日夜6:40更新
ブックマーク、★嬉しいです。
よろしくお願いします。




