62 理由
ディジリーナはアノスジェンの手を握ったままだ。キンガース公爵が席につくとアノスジェンは思わずディジリーナの握る手を強めた。ディジリーナはその手を撫でて安心しろと伝える。
「アース。ここいる者たちはお前が魔法を使えることを知っていた。だから気にするな。それにしても派手なお披露目だったようだな。わっはっは!」
怒られると思っていたことを笑い飛ばされて啞然とするアノスジェンだが、周りの者たちも穏やかなままなのでホッと胸をなで下ろす。
「だから愛の力だって言ったでしょう。お花畑とか言ったのは誰よ」
得意満面でキンガース公爵を見れば小さく首を振っていた。
「わかったよ。俺の負けだ。とにかくよい方向になったな。これで公言できる理由ができた。ここのメンバーに厳命したいのは、あくまでもアースの魔法発動は今日が初めてだということを忘れるな」
「そうよ。私を守るために思わず発動しちゃったの。うふふ」
ディジリーナの上機嫌は留まることを知らず、アノスジェンとつなぐ手をぶらぶらと揺らした。
「魔法詠唱については?」
ずっと疑問をもっていたヘリンが尋ねる。ショーン執事長が手を上げる。
「それは、わたくしが。アース様はご婚約決定の後の学習に魔法理論学も含まれております。魔法の練習を行ったことはございませんが、理論として、基本呪文や応用呪文をご存知でございました」
「理屈としてはわかりました。ですが、これまでやったことがないのに20メートル先にあんなに大きな水球を出すことなど可能なのでしょうか?」
「それはアース様のご才能でしょう。『水魔法を得意とする家門』としての証拠であるとも言えます。おそらく、他の魔法では無理だったのではないかと予想します。これも後日検証が必要かと」
「そうだな。みなの前で発動したのだから、検証実験も堂々とできる。王家にも報告しておく」
「あのぉ、僕、それだけじゃなくて……」
目を伏せるアノスジェンを手を握りしめて励ますディジリーナ。他の者たちも「大丈夫ですよ」「わかっている」と声をかけた。
「アースのもう一つの力についてはしばらくは秘匿だ。このメンバーしか知らないこととする。だが、検証実験は必要だから、折を見てやろう」
後日の検証ではやはり水魔法に特化していることが判明した。水魔法を10とすると、風魔法3、火魔法1、土魔法1というところだ。さらには中級魔導士の力はありそうで、今後練習すれば上級魔法も使えそうだと判断された。魔力測定をするものはなく、どの程度の魔法がどのくらい打てるのかが判断基準となる。国全体で水魔法を不得意としているため、検証した時の騎士団の盛り上がりは凄まじいものだった。
ディジリーナはアノスジェンをハイキングに誘った。それぞれの馬で、アノスジェンに合わせてゆっくりと進む。ダゾル湖湖畔へ行くとヴァニスとジェナを自由にさせる。二人はシートを広げてランチを楽しんだ後、並んで座り湖面を眺めた。
「私はこれまでのアンでも十分だったんだけど、今回のことでアンはもう『お婿さんになれない』なんて言わないわよね?」
「僕は……その……」
アノスジェンの口淀みにディジリーナは不思議になって横を見るとアノスジェンが真っ赤になっていた。
「どうしたの?」
「僕はフオジスト王国でお婿さんになりたいのではなくて、ペギーのお婿さんになって、キンガース領にずっといたいんだよ。この前は泣いてしまってごめんなさい」
ディジリーナはアノスジェンが本当の意味の婚姻が何であるかはまだ理解していないだろうというのは、ショーン執事長からの学習進捗報告でわかっている。今はまだ、ディジリーナよりキンガース公爵領を好いていることもわかっている。今、恥ずかしがっているのも泣いたことに関してだろう。
「アン。ありがとう」
ディジリーナはアノスジェンの額にキスを落とした。初めてキスされたアノスジェンが硬直した。絵本では読んだことがある。母親にはされたことがある。でもディジリーナにされたことに脳が追いつかない。
『柔らかい……。なんだがドキドキが止まらない……。顔が熱い……』
ディジリーナが離れた。アノスジェンにはスローモーションに感じる。恥ずかしくて早く離れたい気持ちと離れてさみしい気持ちが混在して脳内パニックを起こし、口をパクパクさせて顔の紅潮がおさまる気配はなかった。
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