58 準備
アノスジェンが乗馬の練習を始めて1週間。ディジリーナはアノスジェンに目隠しをして厩舎へ行く。
「もういいわよ」
ディジリーナが後ろで目隠しのリボンを外した。
「うわぁ! すごーい! カワイイ!」
そこには少し小さめの銀色の馬がいた。
「この子はアンの馬よ。女の子なの。名前をつけてあげて」
「僕の? 本当に!? そうだなぁ」
アノスジェンが手を伸ばすと鼻先を擦り付けてきた。
「ジェナ。どうだい?」
ジェナがブルルンと震えてから鼻の上部を何度も擦り付けて喜んでいることがわかる。
「僕の名前とペギーの名前からつけたんだよ。ジェナ。これからよろしくね」
『てんしぃぃぃ!!』
ディジリーナは手を前で組んで目をうるうるさせていた。
早速、馬丁が鞍をつけ外へ出し、アノスジェンが踏み台を使ってまたがった。
「アン! 一人でできるようになったの! すごいわ」
「えへへ。早くペギーと遠乗りできるようになりたいんだ」
「ええ! とっても楽しみだわ」
ディジリーナもヴァニスにまたがり、二人で馬場へと向かった。
数日後、キンガース公爵の執務室では、キンガース公爵がホッと胸をなでおろしていた。王家の問題児ナティアナ第一王女はゲイリック第一王子によって軟禁されたとの報告が入った。さらにゲイリック第一王子からの文書も添付されており、遠回しな謝罪文とともに「婚姻を早めるように」との通達もされていた。
キンガース公爵はショーン執事長に婚約式の準備を早急にするようにと指示を出した。
翌日には仕立て屋がたくさんの荷物ともにやってきた。応接室でディジリーナとデザイナーがあれやこれやと話しているのをアノスジェンがおとなしくにこやかに見ていると、キンガース公爵が入室してきた。
「ディナ。今回の婚約式は既製服に装飾するだけにしておけ」
ディジリーナが目をすわらせて立ち上がる。ディジリーナの膝から落ちたデザイン画は紳士物ばかりだ。
「どうしてよっ! アンのお披露目なのよ!」
「そのかわり、結婚式の準備も同時に始めなさい」
ディジリーナの目があからさまに変わった。
「デザイナー、既製服に装飾するならどのくらいでできるのだ?」
「2週間いただければ、十分にご納得いただけるものにいたしますわ」
「だ、そうだ。ショーン。いけるか?」
「もちろんでございます。予算の概算はすでに計算済みでございますので、今日にでも発注できます」
「ではそのように」
ディジリーナが目を輝かせてキンガース公爵に抱きついた。
「さすが、お父様! ありがとう!」
「いや、待たせたな。不安にさせてすまん」
「私こそ、無理を言ってごめんなさい」
「アース、忙しくなるぞ。ショーンから婚約式の段取りを聞いて確認しておくように」
「かしこまりました」
アノスジェンは立ち上がりしっかりと礼をとったが、心の中ではあまりのスピードに考えがついていかなかった。キンガース公爵とショーン執事長が出ていく。それを見計らってディジリーナがアノスジェンに抱きついた。
「アン! また楽しみが増えたわ! 貴方といると楽しいことばかりよ」
『ペギーが喜んでくれているなら大丈夫だよね』
アノスジェンかディジリーナを抱きしめ返し、ディジリーナは目を細めた。
既製服に装飾するだけとなり、数着の試着をしてアノスジェンは解放された。
部屋に戻るとワディンがお茶を淹れ、一息ついた。
「アース様は随分とお茶の姿が優雅になられましたね」
ミックがクッキーを給仕する。
「そうだと嬉しいな」
あまり喜んではいない様子にワディンが「失礼します」といって斜め隣のソファへ腰を下ろした。
「婚約式のお衣装はお決まりになりましたか?」
「あ……うん。ペギーがやってくれたよ」
「そうですか。それならば素敵なお式になりそうですね」
「式の準備もショーン執事長がやってくれるよ」
「さようでございますか。それならご心配はなさそうですね」
「そう……だよね」
ワディンはアノスジェンをゆっくりと待つ。
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