54 夕日
ゆっくりと歩みをすすめるヴァニスの背で、おしゃべりを楽しむ二人。何かをみつけるとはしゃぐアノスジェンにディジリーナの頬も緩む。
そうしてたどり着いたのはいつもお祈りで来ている場所にほど近いところだった。
「いつもとは違うコースも楽しかったでしょう」
「はいっ!」
二人が降り立つ。いつもは背中に感じている朝日とは違い、目の前に沈もうとしている夕日が広がる。
「とてもキレイですね」
「本当ね。普段はこんなに美しくはないんだけど……。ふふふ、アノスジェン様と一緒だからかしら」
最後の言葉が聞こえなかったアノスジェンがディジリーナを見上げるが優しく微笑まれただけだった。
「アノスジェン様は夕日が好きなのね」
「え?」
「え?」
キョトンとするアノスジェンにディジリーナも疑問符で返してしまったが、改めて聞き直す。
「あー、初めてアノスジェン様を見たときに夕日に向かって手を振っていたから夕日が好きなのだと思ったの。それにここへ初めて来たときもそう言ってたって聞いたから」
アノスジェンは思い出してみた。初日はアズリューがアノスジェンの手を飛び出しダゾル湖へと向かったのを思い出す。
自信なさげにしているディジリーナの手をとる。ディジリーナは突然のことにピクリと反応したが、キラキラしているアノスジェンの瞳に吸い込まれていく。
「僕は夕日がきれいだということをこの国に来ることになって初めて知って、そしてこの領地に来て夕日がとても好きになりました。いつも素敵なものを教えてくれてありがとうございます。ディジリーナ様は僕にいろいろなことを教えてくれます。食事もケーキも景色も乗馬も、そしてたくさんのみなさんの笑顔も。僕は今幸せです」
ディジリーナの瞳から一筋涙がこぼれた。アノスジェンが手を伸ばしてそれをそっと拭って手をつないだまま夕日へと向いた。
アノスジェンはディジリーナの手を離して胸の前で組んだ。
「何を祈っているの?」
「今日、幸せをもたらしてくれたディジリーナ様への感謝です。そして、ディジリーナ様の幸せです」
「なら、私は今の気持ちをアノスジェン様のために祈るわ」
二人はダゾル湖に祈り、ゆっくりと目を開ける。夕日がバベスト山に隠れ始め、その景色を共有する穏やかな時間を過ごした。
夕日は沈みきったがまだ薄明かりが残る。
「明るいうちに森を抜けましょう」
来た時よりもペースを上げた。
「怖くない?」
「気持ちいいです。ヘリンと乗ってもこんなにスピード出したことないから」
街へ出て二人で夕食を食べた。お茶会でも上手くいっている二人なので、二人だけの夕食も穏やかに楽しい時間となった。
そして、またヴァニスに乗る。
「もう少し付き合ってくれる?」
「はいっ!」
月明かりが照らす頃、丘の上に到着し、馬から降りると並び立つ。無数の星が瞬き、眼下には人々の生活の明かりがきらめく。
「アノスジェン様。私はこの街を、ここの人々を愛しています。そして、この明かりを守る責任を持っています」
ディジリーナはアノスジェンの両手をとって向かい合った。
「私が守るこの明かりがどうなっていくか、私の隣で見守ってくれませんか? 貴方のことも守ると誓うわ」
「いつまでですか?」
雰囲気を壊すアノスジェンの言葉にコケそうになるディジリーナだが、へそに力を入れて真剣な眼を向けた。
「ずっとです。私たちがおじいちゃんおばあちゃんになってもずっと……」
「ずっと……。もしかして! 僕を雇ってくれるのですか! ワディン、ワディンもお願いします! 彼は何もない僕についてくるって言ってくれて、すごくすごくいい子なんです! それからニールさんはお父さんみたいにいつも心配してくれる人で、ヘリンは大きいお兄さんなんです。何でも知ってて僕に丁寧に教えてくれる。トビーは小兄さん! 明るくてムードメーカーで励ましてくれたり笑わせてくれたりするんです。あ、でも三人は今はマレガード王国の騎士なので、三人の希望があれば、なんですけど」
勢いよくまくしたてていたのに急にシュンとうなだれた。
「僕は一緒にいてくれたら嬉しいけど、僕といても迷惑ばっかりかけちゃうから、嫌になってるかも。ヘリンは護衛を外されるまで一緒にいてくれるって言ってた……僕が使用人になったら護衛じゃなくなる……。
お願いです。三人が無事に帰れるようにお手伝いしてあげてください!」
『何も伝わってないわ……。どこに何を答えればいいのかもわからない……わ』
ディジリーナはすぅと鼻で空気を吸い込んだ。ゴクンと飲み込み、片膝をついてアノスジェンより目線を下げた。
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