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50 婚約

 キンガース公爵家に到着してからすでに1週間近く経っていた。昼食を終え、五人はアノスジェンの部屋に集まっている。


「僕たちはいつまでここにいていいんだろう……」


 アノスジェンが心もとない声を絞り出す。

 お見合い旅をしてきたが、ここまで長く一つの領地に滞在したことはない。さらにはキンガース公爵家からの好意はヒシヒシと感じるし、ディジリーナからのラブ視線は火傷しそうなくらいである。毎日の夕食はともにしているし、騎士団の鍛錬の合間にディジリーナとのお茶会もしている。

 にも関わらず、一向に『婚約』の話にならない。まずは婚約しなければ婚姻にもならない。ヘリンがアノスジェンに代わりキンガース公爵と話をしようとするとキンガース公爵はいつも「まあ、そう慌てるな」とにこやかにスルーする。

 

「婚姻以外でアノスジェン様との縁をつなぐことを考えているのかもしれません」


 ヘリンの指摘したありえる話に五人はため息を吐く。


『王女との婚姻をなかったことにされたほどだ。何があってもおかしくない。アノスジェン様が理不尽な扱いを受けるようなら、脱出して兄の領地へ逃げてひっそり暮らそう』


 ニールが拳をギュッと握った。

 フオジスト王国にとってほしいのはアノスジェンの持つ『水魔法が得意な家の血統』である。国王は建前上「格の低いところへ婿入りなどさせない」とは言っていたが、それについての誓約書を交わしたわけではない。ヘリンは自分の甘さを悔やんでいた。


「そうだよね……。僕、こんな子供みたいな見た目だし。でも、ここはとてもいいところだから、使用人としてでもいいからいられたらいいな」


 バンッと勢いよくドアが開いたと五人が振り返ると、スレンダーなワンピースを着こなしたディジリーナが仁王立ちしていた。後ろには三人のメイドが控え大きな箱を持っていた。


「誰が使用人になるですって!」


 ツカツカと入室してきたディジリーナはおもむろにアノスジェンを抱きしめた。耳と耳が触れ合う距離にまだ慣れないアノスジェンは真っ赤になる。


「いいわ。駆け落ちしましょう」


 耳元に響く甘い声にアノスジェンが硬直した。メイドが焦って箱をニールたちに押し付け、三人がかりでディジリーナを引き剥がした。


「ディナお嬢様。冗談にもほどがあります! 次期公爵が駆け落ちなどと言ってはなりません」


 年配のメイドが遠慮なくディジリーナの太ももをピシリとはたいた。

 

「冗談なわけないじゃない。貴女たちも私の気持ちはわかっているでしょう」


「とにかく、今日はそのようなお話で来たわけではありませんでしょう」


「そうだったわ。アノスジェン様。こちらは私からのプレゼントです。本日、夕方前にこれらのどれかにお着替えしてお待ちください。では、のちほどお迎えにあがりますわね」


 ウィンクと投げキッスをして早々に出ていった。


「嵐のような方ですね」


 ヘリンのつぶやきに誰も反論しない。「ふぅ」と一つ息を吐いたニールが膝の上の箱を開いた。そこには乗馬服が入っていた。箱を預けられていないワディンがニールの持つ箱から取り出して広げてみた。アノスジェンが喜びと驚きで目を輝かせた。


「うわぁ! かっこいい」


「これは普通の乗馬服より随分と堅い気がしますが」


 ヘリンもトビーも空けてみると色やデザインは違えども乗馬服だった。ニールがワディンから受け取り素材を確かめる。


「これは騎士服の素材で作られた乗馬服だ。ブティックで作る乗馬服より丈夫で、怪我もしにくい」


「そう言えば、ブティックの帰りに別行動だったよな。その時、武器屋の仕立て工房へ行ったのかもしれないな」


「そこまで手の込んだものをご用意してくださるのに……ますますわからないですね」


「ディジリーナお嬢様とキンガース公爵閣下の意見が同じとは限らない」


「さっき、ディジリーナ様に言われたんだけど……『かけおち』って何?」

 

 アノスジェンの爆弾に目線が集中する。『そう言えば言っていた。勢いに押されてしまっていた』と思い出した。 

 まだまだ世間に疎いアノスジェンは恋愛系は尚更疎い。ヘリンが簡単に説明するとアノスジェンは青くなる。


「そんな! キンガース公爵閣下を裏切るようなことできないよ!」


「ディジリーナお嬢様も本気ではないと思いますが……躊躇なくあの発言とは……」


『ディジリーナお嬢様とキンガース公爵閣下の意見が同じとは限らない』と言ったニールの言葉が現実味を帯びてきた。


「俺たちが判断できる範疇を超えているな。今しばらく静観するしかない。マレガード王国への報告も止めておく。とはいえ、報告できない内容ばかりで、実は王都で手紙を出して以来、連絡していないんだ……」


「騎士団長はマレガード王国を優先してくださいますから、心配いりませんよ」


 ヘリンの慰めにニールは無理やり納得する。五人は今のところは解散するしかなかった。

お付き合いいただきありがとうございます。

毎日夜6:40更新


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