49 祈り
アノスジェンがマレガード王国王都のセレアン伯爵家を出てからすでに2ヶ月以上経っている。5月の爽やかな晴れ空が続く。そう、ずっと続いているのだ。
教会の枢機卿がクィント・セレアン伯爵を呼び止めた。
「セレアン伯爵。先日の雨乞い儀式の成果が出ていないようだがどうなっている? 信者からも食料不足の苦言が届いているが」
「息子ルートンに聖なる泉で祈祷させておりますので、そろそろかと思います」
「信者からのお布施が減っております。早急に頼みますよ。これ以上遅れるなら貴殿の役割について議論も必要になるやもしれまそんぞ」
セレアン伯爵は背を向けた枢機卿を睨みつけていた。
その頃市場では、食料の相場高騰に市民が商人と争うことが増えていた。
また、農地では、従業員たちがオーナーに怒られながら仕事をしていた。キボチョの実の畑は本来緑の絨毯になっているはずが、葉が黄色くなっているものが多くみられる。
「なんのために水魔法が得意だというお前たちを雇っていると思っているんだっ! たったこれしきの水で魔力枯渇を引き起こすなんて」
「……一生懸命にやっています。でも、でもなぜか今までのように水を作り出すことができないのです」
従業員たちは苦悩と疲労を全面に出した顔で必死に畑へ水魔法をかけていた。
「その程度ならワシでもできるっ。もういい! 今日限り全員クビだっ。今月の給料がもらえると思うな」
オーナーは枯れてしまった葉を踏み潰しながら戻っていき、従業員たちは崩れ落ちた。しばらくして従業員の一人が立ち上がった。
「どうせクビになるならここの野菜を退職金にもらおうじゃないか」
「そうしよう!」「いい案だ!」と言う声とともに一斉に収穫が、始まった。収穫が終わり、野菜を荷馬車に積み終わるとみんなで畑一面に風魔法を展開して、苗をズタズタにした。こうしてキボチョの実は次の収穫ができなくなった。
同じ頃、フオジスト王国でもキボチョの実の収穫が始まっている。緑の絨毯になった葉っぱ群の中をのぞくと人の頭大のキボチョの実がたくさんなっている。従業員たちは大きくなった実の収穫を終えると、近くの小川からもってきた水を上手く風魔法に乗せて畑へ撒いていく。別の従業員は風魔法で水桶を畑と小川との往復をさせる仕事をになっている。
そもそも、この小川も国の政策での灌漑工事で作られたものだ。水魔法を得意としない国だからこその工夫がされていた。
「近頃、雨も適度に増えたし、野菜が順調だ。さあ! 今日も豊作だ! 市場へ売りにいこう」
フオジスト王国の市場はいつものように盛況だった。
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キンガース公爵から朝のお祈りの許可を受けた翌朝、早速ダゾル湖へ向かった。朝日を浴びた湖面が眩しい。アノスジェンとヘリンは感動しているが、随行した護衛騎士二人は首を傾げた。
湖畔にアノスジェン用のシートを敷いた護衛の二人は離れて立ち、ヘリンは近くで見守り、アノスジェンがそのシートにひざまずき湖に祈る。
『いつも見守っていただきありがとうございます。この国のみんなが穏やかに過ごせますように』
感謝の気持ちとともにそう願った。
『なんだか空気が心地良い。疲れが飛ぶようだ。それに見たことがないほどに輝く湖面……美しい。そう……これほど美しい湖だとは知らなかった……』
アノスジェンのお祈りの神々しさに、鼻から息を吸い込んだ護衛騎士は目をつむり堪能していた。
アノスジェンが手を水につけるとアズリューが手に触れるように泳ぐ。
『気持ちよさそうだ。2ヶ月近く無理をさせててごめんね。ゆっくりと休んでね。
そうだ! 僕、きれいなケーキを食べたよ。フルーツが飾られた美味しいケーキだった。それからね……』
キンガース公爵家での生活をアズリューに心で報告する。アズリューも一緒に喜んでくれているようでアノスジェンは笑顔になった。
ゆっくりと立ち上がるアノスジェンに近付いたヘリンがタオルを渡す。
「アノスジェン様は神の声が聞こえたりするのですか?」
ヘリンの質問にふふふと笑った。
「神様は忙しいんだ。僕に話しかけてくれたりしないよ。でも、こうして生きていることに感謝することが大切だと思うんだ。母さんはいつも『誰かが見ていてくれるから大丈夫。感謝しなさい』って言ってた」
ヘリンはアノスジェンの母の死についてこれ以上聞くことができなかった。
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