5 父親
セレアン伯爵邸に戻ったセレアン伯爵とルートンは屋敷の裏手にある植え込み辺りへ向かった。探していたその姿を見つけると勢いを増した。
ズカズカという靴音に気がついた少年が驚いて振り向いたその瞬間セレアン伯爵の杖が少年を吹き飛ばす。十歳ほどの体型である少年は軽々と宙に投げられ大きな音を立てて地面に落ちた。
「まったく! お前の存在のせいでルートンの縁談が整わないところだった! 最初から双子ではなくルートンだけを申請すればよかった!」
セレアン伯爵は文句をぶちまけながら少年に杖を振るった。
「モニィシャのやつに慈悲を与えたのが間違いだったのだ。力も弱いくせに聖女候補になどなるからワシが娶らねばならなくなったっ! 忌々しい! この役立たず!ロクな仕事もできないくせにただ飯ばかりくらいおって。魔力無しのクズがっ。一人前なのは名を汚すことだけじゃないかっ」
これまでも何度も何度も言われてきたセリフを聞きながら少年は丸くなって耐えていた。ルートンはその姿をニヤニヤと見つめている。
セレアン伯爵は息が切れるまで殴り続けた。ようやく手を止めるとはあはあと息をしながら吠えた。
「いいかっ! 近々、教会の下働きへ入らせる!」
ドカドカ音を立てて屋敷へと戻っていった。
「そんな汚いなりじゃ教会も困るだろうからいつものように洗ってやるよ。水球」
ルートンは水魔法で少年の頭の上で1メートルほどの水球を作った。パチンと指を鳴らすと球体が割れ、少年に頭から水が落ちた。それでも少年は先ほど殴られた痛みで微動だにしない。
「まったく着地に水魔法を使ってクッションにすればここまではならないだろうに。ああ、血を分けているのに情けない。まあ、この家は俺がいるから心配はいらない。さっさと教会へ行けよ。そっちでも好待遇ではないだろうけどなぁ。そうだ、たまには会いにいってやるから、覚悟しておけ。はっはっはっ!」
ルートンは高らかに笑いながら背を向けた。
少年に意識があるとわかるとルートンがさらなる暴力をふるってくるのを知っている少年は、じっとうずくまったまま動かないでいた。そうしてルートンが屋敷に入るのを見届けると這うように体を動かして自室のボロ小屋にたどり着く。
『教会の下働き……やっとお父様とルートン兄様の役にたてる……』
少年は自身の言葉にホッとして力なく笑い、意識を手放した。
翌朝、少年はいつものように目を覚ました。
「そっか。あのまま寝ちゃったんだな」
起き上がり首をかしげたり肩を回したり屈伸したりと自分の体の状態を確認した。
「うん。大丈夫だ。寝ればケガはだいたい治るのは、聖女候補だったお母さんのおかげなのかな」
少年は昨日散々殴られた腕を擦ったが痛みはどこもなかった。思わずにっこりとする。
「いたたた」
自分の顔をそっと撫でると痛みが走った。
「杖でいきなりなのは久しぶりだったから逃げ損ねちゃった。顔のケガだけは治らないのはなぜだろう? これがあるから僕のケガが治っていることは知られていないのだろうけど」
少年は血だらけのボロ服から少しはまともなボロ服へと着替えた。そしていつものルーティンへと向かう。
外に出るとまだ日が昇って大した時間ではなく、ほんのりと暗い。小屋の裏手から林へ入って行くと程なくして小川へたどり着く。
水面をそっと覗き込み、やはりなと呟く。唇から頬にかけて青くなっている。見た目ほどの痛みがないことはすでに慣れっことなっていた。
水面から顔を上げると立膝になり手を組み合わせる。少年は今は亡き母親の言葉を思い出していた。
「お母さん、ありがとう。お母さんのかわりにはほど遠いけど、お母さんの気持ちを伝えていくよ」
少年の母親モニィシャは元聖女見習い。聖女見習いを引退し、クィント・セレアン伯爵に嫁いでも、教会にいた頃と同様日々のお祈りは欠かさなかった。
モニィシャは自分と同じ銀色の髪を短くした少年の頭を優しく撫でながら水色の瞳をのぞき込み「民のみなさんと一緒に毎日お祈りをしていたのよ」と説明してくれた。
「教会では何をお祈りしていたの?」
「この国に住むみんなの幸せと笑顔よ。お母さんの力が小さくなってしまったから教会が旦那様を紹介してくださったの。それが貴方のお父様ね。お母さんにとってお祈りは『いつものルーティン』なの。だから教会から離れても教会の泉へつながるこの場所でお祈りをしたいのよ。一緒にやってくれる?」
「うん! 僕もお祈りするよ」
二人は並んで跪き、立膝で手を前に組み合わせる。キラキラと輝く水面とサラサラと流れるそよ風がいつでも二人を包んだ。
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